松嶋家住宅の保存に寄せて
山猫拳
◆
―箱―
はこ。竹で作った入れ物。
車の荷物を入れる部分。
ひさし。母屋の脇にある部屋。
―――漢字辞典 (kanjitisiki.com) より
私が女学校を卒業して嫁ぐまでの
当時はアメリカとの戦争が始まる前で、私は十三~四くらいの年齢だった。松嶋家は江戸の頃から続く
日本家屋風の門を入ると熊笹や、桜・柿などの木が周りをぐるりと囲む
その向こうに私たちが暮らす邸宅があった。
塀付き門から玄関までは、
一階は昔ながらの和風建築、玄関の両脇には
対して二階の壁は、西洋の
父は良く
家族全員が暮らす母屋と、その脇の奥まったところに小さな離れがあった。離れは白い
家にはいつも人の出入りが多く、また家族も多くいたので
といっても夕暮れ前の一時間か二時間程度のものだ。普段なら三つ上の姉がいるのだが、前日からお友達の家にお呼ばれして不在であり、本当に私一人きりになっていた。
皆が出掛けて
当時はまだ珍しい綿とゴムで作られた運動靴を朝のうちに洗って、玄関脇の飾り石に立てかけて干しておいたのだ。私は家の中に取り込んでおこうと、外に出た。もう
いつもならば思いもつかないのだが、私一人きりという解放感からか、私は離れに近づいてその造りをしげしげと
離れの周りをぐるりと一周して、正面の
何か大きな動物でも住み着いているのではないかと、ぎょっとした。
もしそうならば、父に教えなくてはと思い、私は引き戸をトントントンと叩いてみた。動物ならば驚いて走ったり鳴いたりして音を立てると思った。しかし、中から聞こえてきたのは人の声だった。
「……こっちへ……お願い」
苦しそうなか細い女の声だった。物置として使っている
「あの……だれかいますか?」
私は、再び引き戸を叩いて、今度は声を掛けてみた。
「良かった……喉が
はっきりと、けれど細い女の声が返って来た。私は慌てて引き戸に手を掛けて引いたが
「建付けが悪いの……少し持ち上げるようにして、引いてみて」
中から弱々しい声で指示が来る。私は運動靴を足元に置いて、両手を引き戸の取手に掛けて少し持ち上げた。そのまま左に力を入れるとわずかに動き始めた。
「何をしている! 離れには近ずくなと言っているだろう!」
突然後ろから腕を
私はパニックになり、足元に置いた運動靴を急いで抱え、「ごめんなさい」と小さな声で叫び、
私は居間に戻ると、部屋の端に固めてあった、
どれくらいそうしていたのか分からないが、私には永遠に近いような長い長い時間に感じられた。しかし実際には二~三十分程度だったのだろう。玄関の扉をガタガタと揺らす音がして、母の私を呼ぶ声が聞こえた。
私は
そう言われて我に返ると、確かに身体がだるく母にしがみついてやっと立っているような状態だった。
その頃、タチの悪い
私は母にあの日の出来事を話した。母はひいおじい様が守ってくれたのかもしれないと言った。あの離れは、かつてひいおじい様がお
もちろん今は誰も住んではいない。
以降、松嶋家を出るまで私は二度とあの離れに近づくことはなく、この話も二度としなかったので、本当のことを聞く機会を持てなかったが、今でも夏の
了
松嶋家住宅の保存に寄せて 山猫拳 @Yamaneco-Ken
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