第12話 エルフの選択
話合いの末、世界樹にも先遣調査隊を送ることになった。理由としては、今出している移住先の先遣隊が当分帰ってこないはずだからである。その時間を利用して皆を納得させるものを持ち帰るのが使命である。
メンバーは先の探索で一緒だったベルマン、ガスパーと、北の移住先を見つけて来たパーティの一人。他の二人はそちらの先遣隊参加で出払っている。他に色々な理由で選ばれた総勢十五名。その中には俺の嫁さんがいる。どうしても一緒に行くと頑張られたのと、伝承の重要さに気付いた功績で、長老も反対しにくかったと見える。
「むふっ!言ってみるものね。神様に関する伝承は無視できないものね!」
ユウが得意げに胸を張る。いやいや。たまたまだろう。まあ、ユウが思い出してくれたその一節を長老に伝えたところ、すぐにビブリアンに確認を取らせた結果、まさにそれに似た記述が残されていた訳だ。
ユウが言ったように俺たちの一族は神様に関することは特別だと意識している。普段忘れてても、それらに触れると何かしら掻き立てられるのだ。特に信仰深いという訳でもないのだが。
そう。神様は俺たちを安住の地へ導く存在として伝えられている。流浪を定めとしている俺たちだが、やっぱり心の底では定住したいのかな。
「ちょっと遠いぞ。無理はしないが、体が悪くなったりしたらすぐに言うんだよ?」
「心配してくれる? 嬉しい!」
いやいや。心配はあまりしてない。正直色んな意味で、ユウは俺より逞しい。先遣調査隊の戦闘力だって、ユウの加入でぐっと上がったくらいだ。
女性一人では何かと不便だろうということで、俺とベルマンの幼馴染であるラメールも一緒に行くことになった。赤毛で愛嬌のある彼女の愛称はラム。ベルマンとは喧嘩ばかりしてる仲だが、そのうち二人はくっつくんじゃないかなと俺は見ている。ユウとは親友だ。
まあ、前回の探索で危ない処は殆どないように思われた。未踏地域だったのが信じられないくらいだ。すぐに方向が分からなくなるというのが厄介と言えば厄介。
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「あ~あ。やっぱり迷いましたねっ。」
ガスパーが清々しい顔で言った。想定内の出来事を皆に自慢でもしているようだ。
「俺たちが、森で迷うなんて! 信じられん。」
今回、同行している年嵩の男が言った。全く同意である。森の民を自負している俺たちが迷うなど。最初の経験が無ければ自信喪失の場面である。
「で? どうすんの? リーダー。」
少し煽るような表情をしながらラムが俺に問いかけて来た。
「ガスパー。頼む。」
「はいはい。もうすっかり木登りは私の仕事になりましたね。おかげさまで木登りスキルはかなり上がりましたよ。」
前回の探索行帰り道で、一番確実な方法として効果のあったのが、木の上から道を探す、ということを学んだ。
俺たち一族は生まれながらに方向感覚が優れている。それが効かないこの森で一番確実な方法だ。ほかの種族ならばこの森に入った途端外に追い出されるんじゃないかな。木に登って確かめても無駄になる可能性が高い。それがこの地を未踏地域にしている理由だと思う。
近くの高そうな樹を選んで登り始めるガスパーだが、確かに上るスピードが速くなっている。前回、俺とベルマンも何回か登ろうとしたが、とにかく時間がかかっていけない。ここは若いガスパーに任せるのが一番だ。いや。ここに期待を込めた目で俺を見つめているヤツがいる。
(ダメだ。ユウは俺の嫁さんなんだから、お淑やかにな!)
黙って目で合図すると、ちょっと頬を膨らませて引き下がった。
実際、ユウの木登りは達人級だ。しかし、この事実は俺しか知らない。いや。お義父さんも知ってるか。なんとなく皆に知られちゃまずい気がしていた。そうしてるうちにガスパーが降りて来た。
「もう少し高い樹に登りたいですね。視界が塞がれちゃってて。ちらと見えたんですが、あっちの方向に高い樹があります。行ってみましょう。夕方までには着くと思います。」
そうして、示された方向に向かっていった先には以前、見たことがある大樹があった。
「こ、これは。はじまりの樹!」
ベルマンが手を合わせながら恭しく言った。すかさずラムが小突いている。
そこにあったのは、世界樹の発見につながった、ガスパーが登った大樹だった。もし、ここに移住することになったら、はじまりの樹として崇めような! と、三人で冗談を言って帰っていったのだった。
「ここまで来たら、着いたも同然だ。今日はここで野営して明日朝に方角を確認しよう。」
夜中、張ったテントの中で隣に寝ていたはずのユウがいないのに気付いた。寝袋は既に体温を逃がしている。
(あぁ!行っちゃったか。お転婆娘め!)
たぶん、この真っ暗な中、大樹を攻略に行ったのだ。想定範囲内の行動とは言え、怪我でもしたらどうする。
俺は皆を起こさないよう、そっと野営地を離れ、大樹の方向に歩いて行った。手元も見えない暗闇だ。勘を頼りに行くしかない。
この辺りか? と思ったところで上の方に気配があった。スルスルと危なげなく降りてくる。
「ユウ。勝手に行くなよ!心配するじゃないか。」
すぽんと、小柄な体が抱き着いてくる。
「ああ。リード! ごめんなさい。けど、凄かった!」
謝ってるくせに表情が全然反省してない。暗闇でも分かるぐらいに目が爛々としている。この興奮状態じゃ連れて帰れない。
「何があった? 少し話をしようか。」
ちょっと気を落ち着かせるために、近くの倒木に誘い、並んで腰かけた。
「一番上まで行ったのだけど、降ってくるような星空だった。どちらを向いても星空! 地平線の彼方までもが星空だった! そして世界樹! あれは確かに世界樹ね! ずっと遠くで星空を背景にどこまでも空に延びていく影が見えたの。」
「どこまでもって、どのくらい?」
「どこまでもはどこまでも。果ては見えなかった。とても幻想的。」
「そうか。けど、そのことは黙ってような! ユウのお転婆がバレると困るだろ?」
「そ、そうね! リードのお嫁さんになったんだから。お、おとなしくするって約束したもんね!」
ユウが慌てた感じで言った。ちょっと吹き出しそうだ。俺は明後日の方向を見て我慢する。正直、このお転婆ぶりが俺は好きだ。しかし、お義父さんが少し大人しくさせるために嫁入りの条件として約束させた。俺は少しテンションを下げたユウを抱き寄せ、暫くじっと真上に少し見える星空を眺めていた。
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「ちょっと霞んでて見にくかったけど、あっちの方角です。」
翌朝、ガスパーが大樹から降りてきて言った。ユウが示した方角と一緒だ。当然その情報は内緒だが。
その後、二日かけて歩いて、やはり突然に視界が開けた。なぜか寸分違わず同じところに出たようだ。前に見た同じ風景が広がっている。季節が違うのに同じ花畑の風景? そして大樹の幹の壁だ。初見の皆は呆気に取られている。
「季節が無いのか? ここ。」
ベルマンが俺と同じ感想を言葉にした。前に来た時からは半年が過ぎている。森を抜けた時から以前と変わらない気持ちの良い風が吹いている。
「すてき!」
ラムが胸の前で手を合わせて感動している。ユウも目を瞠って。
いや。ラムが花畑に感動しているのは分かるが、ユウは明らかに世界樹の壁に視線が固定されている。
「だめだよ?」
俺はやんわりと微笑みながら、彼女が胸の前で組み合わせている手を包み下ろした。ユウが顔を赤くしながら、こっちを見て、視線を逸らしたので吹き出しそうになった。
「さて、ここで十日程滞在する。十分な土産話を貯め込んでくれ。俺たちの報告で次の移住先が決まるからな。」
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