第2話 新世界の日常


「やあ。おはよう。爽やかな朝だね。」

 階段を降りてくる音が聞こえ、ジンにしては、なんかフワッとした雰囲気で起きてきた。昔はもっと科学者的な硬い感じも併せ持ってた気がするけど。

「おはよう。朝、できてるわ。一緒に食べましょう。」

 雑貨屋の二階が住居になっているので、通りに面している。 

 割と早くから馬車の音や人の声なんか聞こえてきて、それが目覚まし代わりだ。

 ジンが訪れて約一週間が過ぎた。やっと気持ちが落ち着いてきたな。

 食卓に向かい合って坐りしばらく見つめ合ってしまう。思わずにやける。

 何しろ千五百年ぶりだ。けど、こうやって向かい合っていると不思議とそんな時間吹き飛んでいく。これも脳の不思議? いけないわ! 職業病ね。

「ナユが食事を用意してくれるとはね! 世の中変わったよね!」

 少しだけ昔と違う感じがしてるのはお互い様らしい。

「あら? 昔とは違うのよ? あたしだって進化してるのよ。料理の腕だって、そこらのシェフ以上だと思うわ。ジンだって、なんかほわほわしてるじゃない。昔はもっと自分の研究中心に生活が回ってる感じだったけど。」

 千五百年もあると、そりゃ料理の腕も、それ以外も軒並みスキルアップするよね。

「僕は、目覚めてここ十年、世の中の把握とリハビリに集中してたからね。千五百年分の情報はそりゃもう半端ないよ。正直知識欲という点は満たされたよ。まだまだ学ぶことは多いけど、もうおなかいっぱい。多少のんびりしたいと思ってね。」

「ふふ。ほんとにうれしいわ! 会えるのは次の交代の時と思ってたから。」

 ジンは三人のナユタとはトワでここ十年一緒に過ごしてきた。一人スリープしてたトリアは予定外で起こされて、事故かと慌てふためいたみたいだけど、ジンの復活で三日三晩泣きじゃくったとか。四人の中ではトリアが一番感情豊かに育った感じね。

「ごはんたべたら、散歩にいきましょ?」

「店はいいのかい? ここ一週間ほど閉めっぱなしじゃん?」

「いいのいいの! そもそも何かあった時にすぐ閉められるように人の生活に必須じゃない雑貨店選んでるんだし!」

「ほう。なるほど。」


        ♢ ♢ ♢


 食事を終えて、外に出た。いい天気だ。爽やかな海風が吹き渡っている。

「気持ちがいいなぁ。まさかあの世界がここまで復興するとはなぁ。この目で見るまで信じられなかったよ。」

「さすがに千五百年かかってるけどね! けど、この街は特別な部類だよ。まだまだ貧しいエリアはたくさんあるし、相も変わらずいろんなところで争い続けてるしね。」

「そうらしいねぇ。人が、いや、生き物が集まるところ必ず争いごとがおこる。これはもう宿命だね。生存戦略の一環だからね。」

「それで生存できなくなっちゃうって、どんな矛盾なんだろね。」

「それがそうでもないんじゃないかって僕は思うんだよ。これまでにも多くの種が滅び、生まれて来たじゃない? 今回も人類に限ってみても進化してるよね。後継の種と思われるものも生まれてる。地球という生存圏にしてみればリフレッシュされたようなものかも。」

「ふ~ん。あたしたちもそのシステムの一環ってことかしら?」

「そうだね。」

 ようやく賑わい始めた通りを、とりとめのない会話(客観的にはとんでもない会話)をしながら肩を並べてゆっくりと歩いた。

「やぁ。スーちゃん。今朝獲れた新鮮な魚どうだい? おや? そちらの旦那は誰だい?」

「ふふ。あたしのいい人! お魚いただくわ!」

 通りで店を広げていた魚屋に声をかけられたナユは気さくに答える。

「おぉ! そうかい。男っ気がなかったスーちゃんも、いい人を見つけたって訳だ! 良かったね! おまけするよ!」

「ありがとう!」

 結構色んなところで声をかけられる。二人のことを聞かれるのがなんだか嬉しい。顔がにやける!

 あたしとジンの外見は、出会った頃の年齢や体格に設定してある。永遠の恋人同士をリアルでできるのは他の人にしてみれば羨ましいかぎりだろう。だから知られちゃいけない。


        ♢ ♢ ♢


 ふと、ぼやっとした光が視界に入って来た。

 僕はその時、何が何やら全く分からなかった。自我すらもなかった様に思う。光は認識できても、光が何かさえ分からず、目を開けているのかどうかも分からず、自分の意識がこの肉体に存在していることさえ認識できなかった。

 暫くたって。暫くというのは今の認識だが、あの時は時間の存在すらもあやふやだった。誰かが部屋に入って来た。耳は聞こえなかった。あの時は培養液の中にいたけれど、気配で感じたのだろう。

 その人は、長い艶のある髪を束ね、僕と目を合わせて涙を流していた。それを見た瞬間から意識が覚醒していった。

「ナユ・・・」

 僕は意識もせずそうつぶやいた。


 起き抜けに、あの時のことをぼんやりと思い出していた。そして、同じ顔が目の前にある。今度はにこやかに微笑んで。

「ナユ・・」

 あの時と同じように呟き、だが、あの時とは違って力いっぱいにナユを抱き寄せた。


        ♢ ♢ ♢


「そうだ。今日から街で古本市があるんだよ。店閉めていこ?」

 昔からナユは本の虫だ。

「簡単に店閉めるって。商売する気ないでしょ?」

 仕方ない。これは我々の使命の一環だ。だがしかし気分はウキウキで出かけた。

 僕だって眠っていた千五百年の間にどんなものが書かれたのか興味津々だ。だが、本命は古文書だ。

 都市の3番目くらいに広い広場に屋台やらテントやら思い思いに店を広げた青空市が広がっていた。結構な規模だな。

「どうする? ちょっと広いから手分けして探すか?」

「一緒に探そ? 間に合わなければ明日も来よう?」

 どうやら明日も店を閉める気満々らしい。

「よし。そこからいくか!」

 右手にあるちょっと大きいテントから周ることにした。

「あっ! これ、続き読みたかったのよ! あったあった。」

 ナユがホクホク顔で5冊ほどの本を手に取った。いきなりの収穫だがペース速くないか? 運搬用のガラガラを持って来てるとはいえ、積める量は限られる。

 そんなこんなで夕方まで探したが案の定半分くらいしか周れなかった。

 こんなところで古文書が出るとは思ってなかったが、なんと2冊の収穫があった。もうボロボロだったし高額だったが、問答無用で回収だ。

 見ると1冊は随筆だったが、もう1冊は機械工学分野の総説集だった。こんな危ないものが野に在るというのはびっくりだ。

 この調子では古代技術を記した本は結構世に出てるかもね。

 現代では古文書の文字はほぼ継承されていない。解読には相当な手間がかかるはずだ。しかし人が人である以上、これらを解読しようとするだろう。

 どっちにしろ、これまでやってきた焚書は文明の進化を僅かに遅らせる手段にすぎない。

「続きは明日にするかぁ。」

「そうね。それじゃ・・ あ。」

 ナユが何かを見つけて僕の腕を引き寄せた。

「げっ! まさか?」

 ナユの視線の先にはどこかで見た覚えのあるタイトルが付けられた本。僕の書いた本じゃないか。なんで残ってるんだよ?

 やばいな古本市。2日で六冊の古文書を回収。ナユが古本市に拘る訳だ。

 他にも骨董市とかオークションとかは目の付け所らしい。回収したものは後でまとめてアキに送って処分する。

 ナユの努力はこの千五百年、文明復興を遅らせるのに貢献しただろう。だが、そろそろ限界だろう。発明家が現れたり、産業革命が興ったりするのはいつも突然のことだ。

 まぁ、それは仕方ない。ナユの目的は人類に再び大きな争いを起こさせないことだった。それも元を正せば眠りについた僕を安全に守ることだったからね。

 僕はナユによって復活できた。ここに来て一区切りついたとも言える。

 今は純粋に書物を集めるのが楽しみになった。古文書を回収するのはついでになりつつある。

 

        ♢ ♢ ♢


 朝目覚めると、隣ではジンが寝息をたてていた。頬を緩めてその寝顔を眺めていると、やがて朝の光に感化された様にジンが身じろぎして目を開けた。

「おはよ。」

「おはよう。」

 暫くまどろみの余韻を味わうようにお互い寄り添うようにぬたっとしていたが、あたしは前から考えていたことを口にした。

「真面目な話、この街も十年以上いるから、そろそろ移動しなくちゃなぁと思ってるんだ。この街はとても穏やかに育ってて、とても好きなんだけど。なにせあたしって年とらないから、違和感感じてる人もいると思うんだよね。ジンが来てくれたのはいいタイミングかも・・ あたしあなたに嫁入りするわ!」

「はは! それはいいな! 新天地で新しい家を持つか!」



 二人で海岸に出た。少し昇った朝日が眩しい。こんなにきれいな朝日は初めてだ。千五百年もジンと付き合ってきて、その状況は甚だ特殊ではあるけれども、その果てにお嫁さんになるのかと思うと、自分が言い出したにも関わらず心が熱くなっていた。

 世界が色づくとはこのことだな。とあたしは感動の波に打たれていた。

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