Hello! New World!
はちなしまき
第1話 prologue ただいま!
「神様はいると思いますか?」
あたしは訊いてみた。
「僕はね。神様はいたと、思うんだよ!」
彼は満面の笑みを浮かべて答えてくれた。
♢ ♢ ♢
久しぶりに昔の夢を見た。朝の光の中、寝床に横たわったまま、暫く余韻に浸った。緩い三つ編みにした長い黒髪を弄びながら、頬が緩むにまかせた。
あたしはナユタ。あたしの暮らす街はパーム。ヒト族最大の都市国家ヒューオリオンの三番目くらいの町。そこで長年細工ものや雑貨を扱う小さな商店をやっている。
南に広がる海に近い風光明媚な街で、自然いっぱいの環境のせいか、比較的穏やかな人々が住む人口三十万人くらいのところ。建物は石造りのものが多く、馬車などが行き交う道も石畳で整備されている。そう。文明で言えば旧世界の中世というところか。
海に面しているため、海路による交易も盛んだが、この都市の主要な収益は意外にも鉱山によるもの。鉱山開発技術はまだまだ未熟で、今のところ争いの種になるほどの規模ではないが、周辺国家がその利権に目を付けてもおかしくない。
あたしのほんとの仕事はヒト族の監視、というか観察?
人類は過去に何回も戦争を引き起こし、最後に滅びかけた。それでもわずかに生き残った人類直系子孫の一部がここヒューペリオンに集まって暮らしている。
ヒト族はなかなか歴史を顧みない愚かな戦争を繰り返した前科があるので、こうして見張ってないといけない、という認識がある。それはあたしにとってはトラウマレベルで・・・
そう。あたしはヒト族ではなく、この世界の管理者・・・みたいなモノを自身に課している。元はヒト族だったんだけれどもね。
今は各地を転々としながらもう何百年もこうした生活をしている。
ふと気付くと指輪がかすかに振動してる。通信のコールだ。
(あら? 定期外での通信は珍しいわね?)
髪にブラシをかけていた手を止めて、奥の部屋の更に小さな隠し部屋をあけて通信機に寄り、早速カムを取ってセットした。
「スー?」
聞こえてきたのはあたしの声。あたしだけどあたしではないあたしの声。
「イル? どうしたの?」
「スー! 聞いて! ジンが目覚めたの!」
瞬間、頭が真っ白になった。
「ふあっ・・」
やだ。変な声でた。おかげで思考が戻ってきた。
「ほんとなの? 本当に?」
「ウン・・ウン!」
心なしか涙ぐんだ様な声だ。あたしも釣られそうになる。
ここ百年ほど兆候はあった。いつか目覚める可能性が出たことで、あたしも含め、イル達は必死で頑張ってきた。
「イル。よかったね。頑張ったね。」
あたしが泣きそうになりながら言うと、向こうで声をあげて泣く声が聞こえてきた。
ああ。会いたい! けど、もう少し我慢。いいわ。千年以上も待ったのだもの。数年延びたからってどうってことない。今はジンが無事に帰って来たという事実だけで幸せな気分だわ。
それにしても今朝の夢はこれを暗示してたのかな?
♢ ♢ ♢
お店のドアが開く音が聞こえた。
「いらっしゃいま・・・」
固まった。入ってきた人物の顔を見たとたん固まった。
「ナユ!」
”ナユ“そうあたしに呼びかけるのはこの世に一人しかいない。
やっと会えた。涙で霞んでよく見えなくなった。その名で呼んでくれた人、ジン=ロウは近づくとそっと抱き締め頭を撫でてくれた。
「お待たせ。」
「・・・・おかえりなさい。」
「長い間頑張ったね。話は君に、というかイル達に聞いたよ。色々と未だに信じられない話だったけど、とりあえず納得することにした。」
ダークブラウンの髪、濃い紫にも見える黒い瞳、そして優しく柔らかい微笑み。記憶にある通りだ。
涙が止まらない。しばらくおとなしく抱き着いていた。
♢ ♢ ♢
ジンは千五百年程前の世界中を巻き込んだ戦争の最中、不治の病を得ていた恋人のあたしをコールドスリープに入れた。
優秀な医師であり天才的な科学者であった彼は、色々なモノが不足していく中で、大きな賭けに出たのだ。即ち、コールドスリープで難を凌ぎ、その間に治療法を見つけようとしたのである。ただ、その方法は治療というより移植に近いものだった。
ジンの専門は再生治療。彼が手掛けてきたあと少しで完成するとされたその方法は人造の体の作製。
細胞培養と有機的な人体の構築およびその強化をもって、荒廃した世界に耐え得るパーツの作製、これを移植するという未知の領域に踏み込むこと。
別の考えられる方法としては脳移植という概念はあったけれども、当時はまったくもって不可能な技術だった。しかし、脳以外のものについては、創造し移植する技術がジンによって実現されようとしていた。
あたしは当時、脳科学専門の研究者だった。
人類の未来をヒトの種から模索するという観点で、ジンとは出会うべくして出会った。と、思う。ジンはまったくもって天才だった。
あたしは大いに刺激され、お互いの研究内容を語り合って共感し、夜を明かすこともしばしば。
内容は色気も何もないけれども、お互い好きなことで共感できて時を忘れて語り合うことができるのは、普通の恋人同士の関係に違いない。違いないよ? あたしはそう思う。
生命は不思議だ。研究すればするほど、仕組みが解明されればされるほど誰かに意図的に作られたもののように思えてくる。
ジンとの語り合いの内にも共通の認識がたくさんあった。その先には次世代の人類を自分達で造り出すことができるんじゃないか、なんて壮大な妄想も含まれていたんだ。
そのうちあたしは突然に原因不明の病を得、治療するためにジンは奔走した。色々な意味で必死に動いてもらった。で、結果としてジンは自分の研究を完成させる想いに至ったのだ。
つまり、人体移植。結局あたしはそれに役に立てることが嬉しくて彼の考えに同意し、眠りについた。二度と目覚めることができないかもしれないのに。お互い病気だねぇ。
それから二十年程が過ぎあたしは目覚めた。新しい体を得て。しかし、世界は滅んでたんだ。ほとんど。
ジンはあたしを救うためにあらゆることをしたみたい。滅びそうな世界からどさくさに紛れて設備を宇宙に移設して隔離し、研究を完成し、あたしの復活プログラムをコンピュータに移管した。
そこで自分は倒れてしまった。
その際、ジン自身の復活プログラムも前もって組んでたみたい。と、言っても自分もコールドスリープに入るということだけだったけど。
その辺は全部自立型アンドロイドがプログラムに従い実行したようだ。
自立型アンドロイドだって! あたしが眠りについたときはヒト型ロボット、即ちアンドロイドは既にあったけれども、これは似て非なるもの。殆どヒトと見分けがつかない。見た目はね。あたしが目を覚ました時には驚いたよ。ほんとに。
たった二十年でここまで進化するものかと。それも戦争のための技術革新によるものだったけど。救われないよね。
そんな中で、あたしは一人目覚めたのだけれど、眠りについたジンの姿と対面して愕然としたわ。あたしのために奔走し、戦争に巻き込まれて体のあちこちが欠損して傷つき、最早かろうじて生命維持できてる状態。
あたしは一人残された状況に、暫く放心していたのだけれど、ジンの残した日誌やら、プログラムやらを眺めているうちに、本当の意味で目が覚めてきた。
あたしが目覚めることができたのはすごい確率の幸運だったと、ジンの残したそれらから伺い知れたのだ。
次はあたしの番だ! 必ずジンを復活に導いてみせる!
けど、これが困難を極めた。体の方はジンの残してくれた成果を検討することで何とかなったのだけれど、目覚めてくれない。 脳に障害があるのか。ともかくあたしの専門分野だ。日々、没頭していった。
何年もたった。ジンの残してくれたあたしの体の方は年老いることはない。けれども脳の方はそうではないことは早くから気づいていた。てゆうか、当たり前?
それを遅らせるために、あたしは研究プログラムを組み、ルーチンと検証は、あたしがトワと名付けたこの軌道衛星たる隔離世界の、人類の残した、おそらく最高レベルのコンピュータ「アキ」に任せた。
また、その手足となって動く、ジンの残した二体のアンドロイドをアキのフォローで色々と改良し、「ノエル」と「ブラン」と命名した。
彼らに全てをまかせ、あたしはといえば、研究の進捗と考察、プログラムの変更のためにコールドスリープと蘇生を繰り返した。
そんなある日、とあるブレイクスルーに邂逅した。記憶を含めた脳組織をまるっとコピーすることができる! その後再現シミュレーションは数えきれないくらいやったし、可哀想だけれども動物実験でも再現した。
脳組織自体の創生はジンが既に完成していたので、あとはあたしの脳のリフレッシュを実行するだけ。正直これは賭けだ。けれども、このままではあたしの脳は老いて朽ちるだけ。ここは成功しないとジンには二度と会えないのだ。
あたし自身の脳を実験台にあたし自身を創造した。
結果は成功! 心配だったから四人創ったのだけれど、全員成功だったよ。その後時間をかけて考えられるだけの検査をしてみたけれど、異常は見られなかった。とりあえず良かった!
ジンの従来技術は人体のパーツを作製、移植だったのだけれど、あたしが受け継いだ長年の研究の結果、人体創造と脳内情報移植に変異してしまった。
奇しくも脳内情報が複製できることにより、人体の複製もできるようになっちゃった。まあ、結果オーライ。
オリジナルのあたしはレイと名付け、眠ってもらった。
けど、あたし自身が四人もいると、違和感がハンパ無いね。
初めの頃は精神的に大混乱だったけれども、脳補正って偉大だよね? なんか落ち着くとこに落ち着いた。
全く同じ四人のナユタだけれどもファンタジーなテレパシー的なものもあるはずはなく。ちょっと期待しちゃったけどね。双子とか、稀にそんなことがあるらしいし。ましてや自分自身だし?
けど、様々なことに対する共感が薄くなるその後の環境で、きっとお互いに人格がずれていくんだろうな。
自分自身ではあるけれども区別をつけるためにレイと共に名前をつけることにした。つまり、イル、ダイア、トリア、そしてあたし、スーである。
その後百年程、ジン復活プロジェクトを続けた。頭脳は四倍になったけど、思考が同じだけに思ったほど進展がない。
(神様、もう一度何かブレイクスルーを!)
科学者が神頼みするようじゃ末期的だね。
脳の老化は時を置いてリフレッシュすることであたしは事実上不老となった。時間の制限が限りなく小さくなったせいで、心に余裕ができてきたのも事実で、ジン復活は時間をかけてじっくりと進める気になっていた。
そんな頃、現世界に目を向ける余裕が出てきたのね。
いや。決して無視していたわけではないのだけれど。何しろ世界は殆ど滅びてたからね。けど、人類はしぶとかった。いや、偉大だった。
♢ ♢ ♢
わずかに残った人類は劣悪な環境を克服し、徐々にではあるが生活圏を取り戻しつつある。但し、かつての文明社会は望めない。何もかも破壊しつくされたのだ。生活圏が安定したとしても文明は何百年も後退したままだろう。
そして、あたしは人類に二度と争いを起こして欲しくない。それはジンが命がけであたしを逃がしてくれたこの地球上空に浮かぶ島であるトワを守るという、自分本位な理由であったとしてもだ。
文明が発展すれば争いが起こるようになり、この場に影響が出る。また、この場所がいずれ知れることにもなるかもしれない。どちらも避けねば。
あたしは人類の文明の発展の具合を監視することにした。
その頃から今は静止衛星と化したトワから延びる軌道エレベーターの復旧を開始。
かつての戦争で半ば破壊されてしまったエレベーターを地上まで延ばし修復するまで百年以上かかってしまった。殆どはアキがやってくれたんだけどね。
トワからは地上を視ることはことはできても何が起きてるかは分からない。最早地上には電子情報、つまりコンピューターや映像放送などをはじめとする電気信号、電波を利用する技術、かつて人類が息をするように操っていたものが存在しないということは、トワからもそれらを介しての情報が得られないということだ。
地上の情報を得るために、具体的にはあたしの一人が地上に降り、色々と工作することにした。大体五十年交代くらいで。
目的は人類文明発展の阻止、または遅らせること。
二人がジンの看病? を続け、一人が地上へ。戻ったら交代してスリープし、脳内を更新、情報をレイと共有化する。長年の成果でこんなことができるようになった。
更新した情報は、次のスリープ段階でみんなと共有化するので、結局他の三人の記憶もあたしの記憶として認識されるの。最早人類を辞めてるね。なので、余談なのだけれど、なんとなく生き残った人類を区別してヒト族と言うようになった。
勝手にヒト族と言うようになったのだけれど、結果オーライでした。ヒト族以外の人類がいたの。ほんとよ?
初めにエンカウントした彼らにはエルフ族と名付けたわ。耳がとがってたもの。
生命をいじるようなマッドな人間はあたしたちだけではなかったということね。
ジンが交流していたグラムという研究者がいた。あたしはジンと一緒の時に一度会ったきりだけど、面白いお兄さんで、遺伝子を扱う天才科学者とのことだった。
愚かにも人類滅亡規模の戦争がおこることが確定的である、と予想した人たちがそれを生き延びるように計画、実行した結果が幾つかあって、その中の一つ。遺伝子操作。
いろんな環境で生き延びるように意図して改良された人類。
けれど色々と問題があったみたいで、残ったのはわずかな種族だけみたい。その中の一つがエルフね。グラムさんは遺伝子をいじって誕生した人たちに少しだけ身体的な特徴を加えた。どうしてそんなことしたんだろう。
また、最終戦争の前に遺伝子操作を施された人たちが、新天地を目指して宇宙に旅立ったことがあった。成功したのかなぁ? 結果は誰も知らない。
何回かの戦争であらゆる破壊兵器が使われた。世界が破壊されて自分たちも滅亡するとわかっててやめられないなんて、なんて愚かなんでしょう。これは人類にとって一種の病気とも言える。
歴史を顧みれば民族規模では何度も起こっている。それが人類規模になっただけ。言ってみれば、これも生命の不思議。何者かにでも操作されたかのような感じをうける。
こういった不思議さを感受性の強い人たちが感じると神の存在を定義したくなるのでしょうね。
結果的に人類滅亡は免れた訳だけれども。無事に済んだとは言い難い。大地は再構築され原型をとどめず、生物は放射能や毒物の影響を受けたし。逆にそれらに耐性を獲得して生き延びた者だけが今を生きてる。
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