第四話 ベンケイ
「災難だったな、金谷管理官。他の子達も乗ってくれ」
「杉山陸佐、まだ安心はできない」
運転席の陸佐は笑顔で首を横に振った。
「いや、大丈夫だろう。あの御方が来ている」
「あの御方?」
遠目に、場違いなオープンカーが見える。
いつの間に?
車体は大きく、運転している人間の特徴までは分からない。
「お座敷様だ」
「……………………はァ?」
冗談だろ!?
「謙一先輩! あの車、お座敷様なんですか?」
「外車っすよアレ! 外車っすカナヤさん!」
「ちょっと! 二人とも大声出さないの!」
名前だけなら俺も佐原もみんな知っている。
座敷を好む、お座敷様。
途中まで黙って聞いていた谷丸達まで騒ぎ出した。
無理もない。
俺だって「岩手県遠野市に住まう遠野対策機関トップの座敷童」と言えば、屈強な男性が四人くらいで担ぐ
しかも、髪型や表情までは見えないけど運転席に一人だろアレ!
単独であんな車乗り回してんのかよ!?
「お座敷様が目を光らせてくれている、こっちも移動しよう。乗ってくれ」
「……まあ、うん……なら、お言葉に甘えて」
「やっと座れますね、謙一先輩っ!」
「んあああああああ! 最悪っす、やっちまったっす」
「サナちゃん、どうしたの!?」
全焼したワゴン車のトランクに推しの抱き枕を忘れてきたことに気付いた沙苗は、放心状態になっていた。
赤い髪の女性配信者の抱き枕、焼失。
宝物を遠征任務に持参すな。
「金谷管理官、道すがら……何があったか聞いていいか?」
「ああ、まず俺達は昨日の昼間に機関所有のフェリーで北海道、苫小牧港を出発した」
日付が変わる頃、宮城県仙台港に到着。
話しながら、この二時間に起きた出来事を思い出す。
*
到着後すぐ、東北自動車道に入り岩手県を目指し北上。
およそ一時間後、襲撃を受ける。
「こちら北海道支部所属、金谷謙一! 本部、聞こえるか? 誰でもいい、頼む!」
くそッ、何らかの通信阻害か。
乗っているワゴン車の前方には、一足先に道路へ降りた沙苗が立つ。
有事に備え
「谷丸ちゃん、起きて!」
「……あーとー五ーふーんー」
佐原がトランクに押し込まれた寝袋を揺すって、谷丸を起こそうとしている。
ひとまずトンネルは抜けている、引き返すか、進むか、どうする!
「カナヤ君! 今すぐ逃げて! 谷丸ちゃんごめん!」
俺は運転席から即座に降り、佐原は寝袋を中身ごと車外へ放り投げる。
ワゴン車、大破。
「痛いですうう!ちょっとおお!投げないで下さいよー!」
むくれながら寝袋から出てくる谷丸。
北海道から持ってきた武器や備品が全ロスした!
「守れなかった、カナヤさん申し訳ないっす!」
「沙苗にキネトは防げない、気にするな!」
「え? 謙一先輩、キネト災害きてるんですか!?」
「谷丸ちゃんも備えて! さっきキネト
キネト
認識災害全般の悪影響を防ぐ第二種族、佐原の眼でのみ看破できる。
その時、後方の平泉トンネルが陥没!
「カナヤさん……なんすか、アレ!?」
「わからん。谷丸起きてるか? 沙苗を頼む!」
「起きましたよっ! 謙一先輩、了解です!」
「なら、私はカナヤ君とね。向かう先は?」
沙苗を抱え、翼を生やす谷丸。しばらく寝袋から出るのにモタモタしていた。
断たれた退路、前方には謎の動物の群れと巨大な樹木型怪異。
四人で立ち向かうのは全滅リスクが高い!
『……ら……こちら、対収自衛隊……』
通信が復活しつつある!? それなら!
「とりあえずアタシはカナっちに運んでもらうっすよね?」
「そうだ、飛べ! 谷丸! 北東の寺社を目指す!」
「サナっち、しっかり掴まってくださいねっ!」
「谷丸ちゃん、何かあったらすぐ伝導石で!」
直線距離で一キロか二キロの距離にある施設、あそこは遠野対策機関の管轄だったはず!
*
「ってことだ。助かったよ杉山陸佐」
「助かった、ね。ほとんど四人で切り抜けたのに?」
俺は、手渡された缶コーヒーを受け取った。
「そんなことないさ」
「にしても見事なお手並みだ、金谷管理官」
「アイツらのお陰だよ。それに一応、場数は踏んできたからな」
「潜り抜けた死線の数が違う、か」
後部座席を見ると佐原と谷丸はいつの間にか、姉妹のように肩を寄せ合い眠っていた。
沙苗は白目を向いて、変な体勢で寝た時の猫みたいな姿になっている。
「ところで随分と走るな。目的地は?」
「さりとて金谷管理官でも知らないだろう、寺よりも安全で快適な所さ」
「そんな場所が?」
「ああ、そろそろ到着だ。パネルを見てくれ」
岩手県の機関施設は平泉町の寺社と遠野市本部の二カ所だけと記憶していた。
財布からカードを取り出し、タップ操作でクリアファイルのサイズまで大型化する。
透明な光るパネル、事案ログボードだ。
ゲームのステータス画面のような板を操作すると、杉山陸佐から送られた情報を受信していた。
『機関呼称 秘匿施設ベンケイ
正式名称 平泉ホ███蔵坊
所在地 岩手県███郡平泉町平泉█沢██
遠野対策機関本部、東海支部、九州支部、北海道支部と同様に地下大型収容セルを保有。
また、[編集済み]の逗留拠点、[編集済み]の保管施設としても機能。
その[編集済み]特性から存在の秘匿を推奨。
情報閲覧権限はクラス████以上の職員及び[編集済み]対応職員のみとする』
なるほど、ね。
俺は事案ログパネルの小型圧縮操作を行った後、財布に戻した。
ベンケイの入り口前に、杉山陸佐の車が止まる。
「起きて、谷丸ちゃん!」
「ん〜? わ、わ! 何これ! ホテル? お寺じゃなかったんですか!?」
「アタシの抱き枕……つら……病む」
*
事案報告処理も杉山陸佐が済ませてくれた。
ベンケイに到着した俺達は、まず大浴場へ移動。
平泉の街並みを一望できる展望風呂か、風情がある。
早めに上がって今夜は寝よう。朝、また来よう。
風呂上がりに広場で座っていると、背後から……声。
「傷……痣……」
「え?」
振り返ると、少女がいる。
傷? ああ、俺の傷か。何だこの子は。
「痛むなら、治せる」
「どういう……」
俺と同じ浴衣を着て、履いてるスリッパも似たもの。
機関の人間なのか一般宿泊客なのか判断が難しい。
身長は谷丸よりもっと低く、髪は鮮やかなピンク色。
どこか、浮世離れした雰囲気をたたえる少女だった。
「頑張ってたから、治してやる」
「何……」
浴衣の少女が手をかざし、俺の痣や擦り傷がたちどころに回復する。跡一つ残っていない!
「治った」
「君、今……一体何を!?」
その時、女湯を出た谷丸達の声が聞こえてきた。
「謙一せんぱーい!お風呂、すっごいですね!」
「私も! あんな大きいの初めて入った!」
「抱き枕……アタシの抱き枕……」
確かに、機関の収容セル暮らしが続いたら温泉に行く機会もないか。
いや……そんなことより!
「谷丸、佐原! 不思議な女の子が!」
「女の子?」
「カナヤ君、誰かと一緒にいたの?」
「辛い……アタシはどうして車に置き忘れ……」
ピンク髪の少女は忽然と姿を消していた。
まるで最初から誰もいなかったかのように。
でも。
擦り傷が治った右腕に触れてみる。
あの少女も〝回復〟も、現実だ。
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