第34話 忍び寄る影


 「おにいちゃん、ぼーるあそびしよう?」


「だめよ涼香すずかお兄さんは仕事中なんだから。」


「あぁ大丈夫ですよ。中庭で少しくらいなら。それじゃーお庭に行こうか涼香ちゃん。」


 すみませんと頭を下げる律子さんに軽くお辞儀をして、自分の顔より大きなボールを抱えてテクテクと中庭へ向かう涼香ちゃんの後を追う翔。一旦中庭へ出る前に涼香ちゃんを呼び止める。


(明るいうちは大丈夫だと思うが念のために。)

 翔はまずは周囲100mを意識して気配を探る。この頃にはすでに気配だけで異能者と一般人の区別が付くほど鍛え上げられていた。これも白雷はくらいさんやガイさんに気配の消し方、読み方を徹底的に叩き込まれた成果であろう。


 気配を先に読んだ時点で勝負は決まっている。この考えは、白雷さんとガイさんも共通の認識だった。先手も打てるし、何より備えることが出来ると言う事は、後の先を取れるという。不意打ちや狙撃をする者ほど自分が狙われているという自覚に欠けやすいという。攻撃の直後は最大の隙でそこを衝く事で最強のカウンターが取れる。


 これは白雷さんが熱く語ってくれたが、かの宮本武蔵の極意にも通じるもので「一寸の見切り」敵の攻撃を最小限の動きで躱し即攻撃する事で回避不可の一撃を与えることが出来ると言う。


 それを思いだしながら気配を探る輪を少しづつ広げていく。

安全が確認された所で中庭へ出る。気配が無いからと言って完全に安全な訳では無い。白雷やガイさんのレベルになると完全に気配を断つ事が出来るが、そのレベルはそうそう居ないと言う。まぁそんなのがゴロゴロ居たら今頃翔矢はこの世界で生きては居ないだろう。


「行くよー涼香ちゃん。」


 翔矢が投げたボールをキャッキャと追いかける涼香ちゃんの無垢な笑顔を見ていると、翔矢が居た元の世界と同じ平和な世界に思えるが一つ扉を開くと段違いの危険が潜んでいる世界だと言う事を忘れてはいけない。


「いくよーおにいちゃん!」


涼香ちゃんが全身を使ってボールを投げるが、まだ幼いので明後日の方向に飛んで行くボール。余裕でそのあらぬ方向に飛んで行ったボールの落下地点で待機しボールをキャッチし翔矢の元居た所へ一瞬で移動すると、涼香ちゃんは眼をパチクリさせながら喜びの声を上げる。


「すーごーい。おにいちゃん。いまのどうやったのぉ?」


涼香ちゃんの眼には瞬間移動したように見えていたであろう。


「どこに投げてもキャッチしてあげるから、思いっきり投げていいよ。」


翔の居る所と反対の方向に投げてもすぐにキャッチしているのを見ると涼香ちゃんはまたキャッキャっと喜んだ。


それを視ていた周りの大人たちは信じられないものを視るように目を見開き固まっていた。


一般の人達には今の翔の動きを正確に捉えられる人は居ないであろう。


小一時間ほど涼香ちゃんの相手をした翔は、ようやく満足したのか、ボール拾いから解放された。喉が渇いたと涼香ちゃんが言うので一旦、屋内に戻る事にした。


玄関を開けるとすぐに、護衛についているシークレットサービスの若い青年が翔にタオルを持ってきてくれた。明らかに今までと翔を見る目が変わっていたのである。


「お疲れ様です!見事なその動きに感服しました。」


「ありがとうございます。そんな大したものじゃありませんよ。」


汗一つかいてない翔だったが、差し出されたタオルを受け取った翔はそう答えた。


恐らくは、護衛についている全てのシークレットサービスの者がそうであろう。確かに翔は体格こそいいが、一見いっけん見た目は一般人と何ら変わらず、本当に任せて大丈夫なのかと皆半信半疑の眼で見ていたのである。その意味でも今のパフォーマンスは良かったのかも知れない。その存在意義の認識を何段階も上げさせる事に成功したのである。


「おにいちゃん、いっしょに飲もう?」


涼香ちゃんが翔の手を引きリビングのソファーへと案内し座らせるとその横にちょこんと座りジュースを手に取るとにんまりとした笑顔を翔に向けるのだった。

すっかり涼香ちゃんのお気に入りに認定された翔も微笑みながら喉を潤した。



大臣宅上空300m程の所で一機のドローンがその一部始終を偵察していることに、経験の浅い翔は、見落としていたのである。地上から迫りくる気配は入念にチェックしていたが、まさか上空から来るとは思いもしてなかったのである。しかもドローンならば気配は無い。そこはやはり経験の差が出た所でもあった。


これがこの後にどう影響するのか翔はまだ迫りくる影に気づいてはいなかった。




~~~~~~・~~~~~~~~・



_とある雑居ビルの一角



「どうやら異能者も警護に交じってるようですね。計画変更しますか?」


「ふむ、【ホワイトガード】か?」


「いえ、見たこともない男ですが、動きが尋常じゃなく早いです。」


「お前から見たクラスは?」


「少なくともA級。いやあれが本気でないとしたらS級もあり得ます。」


「ほう、ならば力任せのC級程度ではどうにもならないと?」


「見立てでは、完全に返り討ちに合うかと。警戒を高めるだけに終わると思われます。」


「まぁ今回は警告だからそれでもかまわん、実行してくれ、その男も気になるから情報収集だけでも儲けものだろう。」


「了解。実行に取り掛かります。」











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ここは天国?地獄?気がついたらパラレルワールドに飛ばされた。 おにまる @onimaru777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ