undead

タチバナエレキ

「こんばんわ、カサネです」


 大手動画サイトスローチューブ、男性アイドルグループ「バタフライ」の公式チャンネルに新しい動画がアップロードされた。

 深夜0時にも関わらず、多くのファンが、多くの人がその動画に注目し、瞬く間に動画再生回数が増えていく。彼らは男性アイドルとして、現在の日本でほぼトップと言って差し支えない存在だ。


「ライブハウス、六本木ウッドテラスでの収録です。今日は生配信じゃなくてごめん」


 そのライブハウスはカサネの所属する大手アイドル事務所、キュベレーの自社ビル地下にある。駅から程近い、新しく大きなビルだ。所属アーティストのライブは勿論だが収録やリハーサルにも使われる、スタジオも兼ねた施設だ。規模は最大で400人も入るかどうか。

 ウッドテラスは以前下北沢で小さな会社が運営していたライブハウスなのだが、諸事情で採算が悪くなった頃にキュベレーが古株のスタッフと機材丸ごとまとめて買い取るような形でここに移転させた。


「撮影はいつもお世話になっています、店長の北沢さんにお願いしています」

 ステージの上、スツールに座っているカサネは小さく笑うとカメラに向かって片手で手を振る。

 その綺麗な顔はほんのり隈が出来ている。カサネは元々ハーフと噂される彫りの深い顔立ちだが、今までどんなに忙しくともここまで隈が目立つ事は滅多に無かった。

 薄くメイクはしている。

 しかしそれでも疲れを隠しきれていない。

 明るい茶色だった髪の毛はぼさぼさでセットされておらず、最低限の照明に照らされて毛先が仄かに傷んでいるのが画面越しでもわかる程だった。細身の体がより細く、やつれて見える。今のカメラは性能が良すぎる。しかしそこに映るのは混じりけのないリアルであった。


「皆、ニュース見てるかな?見ての通り、俺、外に出られないんだよね。事務所が封鎖されたんだ。でもここは数日籠っていても大丈夫、ファンの人は知ってるかもしれないけど、シェルターみたいなんだよ。北沢さん巻きこんじゃったのは申し訳ないとは思ってるけど、今のところ俺と北沢さんは元気です。皆には心配掛けてるみたいでごめんね。可能な範囲で配信はやります。とりあえず今回は安否確認。また明日。明日っていうか日付的には今日か。生配信、夜8時に始めます。じゃあね、お休みなさい」


 現在、港区にある事務所は誰も中に入れない、そして誰も外に出られない。

 最新鋭のセキュリティシステム故、トラブル発生に伴いここは陸の孤島となってしまったのだ。システムが作動すると大きなシェルターとなり、外部からの干渉が不可能になる。辛うじて通信手段だけは繋がっている。システム解除の方法を知っているのは社長と秘書、警備のトップだけとの話だ。

 幾ら業界トップのアイドル事務所だからと言って、こんな要塞みたいな自社ビルを建てるなんて酔狂にも程がある。そのせいで外に出られない。


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