あの時想いを伝えられなかった幼馴染と高校で再会して……。

まわる

第1章 再会は突然に

第1話 

 高一、春。入学して初めての部活動。

 吹奏楽部の部室であるここ音楽室には二、三年生に加え、新入生十人ほどが集まっている。


 やまもとなおをはじめとする中等部上がりのおなじみのメンバーが変わらず全員揃っていることにホッとする。


 文化部の中でもとりわけブラック部活として名高い吹奏楽部。

 その厳しさを中学で知ってしまうと高校では違う部を選ぶ人間が少なくないというのは有名な話なので、一体四人のうち何人がそのまま高校でも吹部に入部するのかが気がかりだったのだ。


 特に、中等部時代は同学年四人のメンバーのうち半数の二人は男子だったため、もし直紀もそのまま高校で続けてくれたらおそらく女子ばっかりであろう高校の吹部でも楽しくやっていけそうだなぁ、と思っていたのである。  

 高校でも吹部に入ろうと直紀と予め示し合わせておいてもよかったのだが、直紀は直紀で入る部活は自分で決めるだろうと思っていたし、高校に入ってクラスが別々になったこともあって部活のことは特に話し合っていなかった。


 高校から違う部に所属する、というのも考えなかったわけではないが、中等部時代から演奏会があれば毎回足を運んでくれていた親からは高校での活動も期待されていたし、まぁなんだかんだ言っても楽器を吹くことは単純に楽しくて好きだったので、結局高校でも吹部に入ることにしたのである。

 どうせ直紀も大体同じような考えだろうと勝手に思っている。

 

「おいおい、なんだかんだまた男二人揃っちゃったなぁ」


 直紀はやれやれ、といった感じだが、内心嬉しそうである。

 やはりなんだかんだ直紀も男子部員のことが気がかりだったんだろう。


「いやぁ、まさか男子二人もちゃんと入るとはねぇ。二人とも部活体験来ないもんだからてっきりねぇ?」


「ほんとほんと。こんなキツい部活、高校行ったらぜってぇー入らない! って意気込んでたのにね」


 隣の女子二人、高橋さん、田中さんことたかはしあおいなかあかとも中等部からの仲間である。 


 どうせ直紀は面倒くさがって部活体験には行ってないんだろうなと思っていたのだが、やはりこれは的中していたらしい。

 何はともあれ、またこの四人でやっていけることに安心した。


「高校組の子たち、みんな女の子なんだねぇ。やっぱりって感じではあるけど」


 高橋さんの声につられて前の列に座る女子たちに視線を移す。


 ここ東高では高校入学時に中等部からの持ち上がりの生徒に加え、高校からの生徒たちもその倍以上募集をかけるので、田舎の学校にしてはなかなかの人数になる。


 中等部からのメンバー、高校からのメンバーをそれぞれ一貫生、高入生と呼んでいるのだ。


前列に座る高入生の女子たちはお互い初めて会うどうしなのだろう、ためらいつつも楽しそうに話している。


 一貫生の生徒は中高六年間同じ制服なのだが、初めて見る子たちがうちの学校のセーラー服を着ている、というのはなんだか新鮮である。

 

 視線が左端に座る女子に移った、その瞬間。


 ──っ……‼︎


 息を呑んだ。


 間違いない。三年ぶりとはいえ、一瞬で彼女が誰かを理解できた。

 

 え、でも、なぜここに? ……誰だかは理解できても突然のこの状況に頭が追いつかない。


「……いっ……おいってば」


 直紀から声をかけられていることに気づく。あぁ、と気の抜けた声が出た。


「知り合いなの?……ほら、あの子。」


 直紀は彼女に目線をやる。


「いや、そういうわけじゃないけど……なんか、どこかで見たことあるっていうか」


 口から出まかせを言って誤魔化す。


「ふーん、そっか」


 直紀は思うところがありそうな表情をしたが、それ以上追求してくることはなかった。


 まあでも、よく考えてみれば小学校時代の同級生と高校で再会するというのは別に珍しい話ではないのかも知れない。


 ただ彼女がここにいるということは、これから三年間同じ部活で活動していくわけだ。 

 そう考えると、そわそわして全く落ち着かない。


 そして、その時は突然やってくる──。


「やっぱりたっくんだ!」


 心臓が止まりかけた。


 気付いたら、さっきまで隣の女子に向いていた彼女の視線は自分の方に向けられている。


 肩より少しだけ伸びた黒寄りの茶髪、白い肌、くっきりしたこげ茶の瞳──変わらない。驚くほど変わらない。


そして同時に俺は思う。

 あぁ、彼女──さくらへの気持ちは変わっていなかったんだ、と。


「あ、お、ぉうん」

 緊張しすぎて謎の声が出る。


 バカ俺、何やってんだ!

 心の中で自分に怒鳴りつける。


 さっき止まりかけた心臓は、今ではありえないぐらいの早鐘を打っている。


「はは、おぅって。やっぱたっくんだ。めっちゃ背、伸びたんだねー。でも顔つきは変わってない」


 やわらかくてかわいらしい声もそのままだった。


「あ、そっちもぜんっぜん変わってない、ね。ほら、その、雰囲気とか」


「えー、私そんなに子どもっぽいかなぁー?」


「あ、いやちがっ、そんな意味じゃなくて」


「はは、わかってるよ。冗談冗談」


 覚えててくれてよかった、と笑う彼女は、やはり、かわいい……。いや、じゃないじゃない、会話だ。俺、会話に集中しろ!


「楽器、中学行っても続けてたのー?」


 彼女は緊張や戸惑ったりする様子もなく、ぽんぽんと言葉を投げかけてくる。


 自分はというと──さっきからもうずっと落ち着かない。こんなに女子と話せなかったものだろうか、俺は。


「うん、なんだかんだ中学でもやってた。ゆ、ゆなっさん、も?」


 ゆなっさん……?


 またしてもやらかす俺。


 小学生の頃は由奈、と普通に呼んでいたのだが、三年ぶりに会う彼女をいきなり呼び捨てにするのは躊躇われたのでそう思わず口にしてしまったのだが……。


 彼女はプッ、と吹き出した。


「ゆなっさんって──、たっくん、なんかめっちゃ緊張してるじゃん。由奈でいいよ」


 堪えきれない、という様子で笑っている彼女を見てとりあえずドン引きはされていないようで安心する。今の自分はどう見ても挙動不審である。


 話によれば彼女も中学では吹部に入ったのだそうで、忙しい日々を送っていたとのことだ。


「いやー、でもさ、もしかしたら! ほんっとにもしかしたら東高の吹部行ったらたっくんいるんじゃないかなーって思ってたんだよね、よかった!」


 瞬間、俺の頭はフリーズした。

 

 よかった……よかった!?


 いや、落ち着け俺。

 高校に入って、新しい部活に来て、小学校ぶりの同級生がいて安心したー、そういうことを言いたいのだ、彼女は。それだけだ。


 固まる俺を見て一瞬不思議そうな顔をする彼女だったが、すぐにその表情は笑顔に変わる。


「やだなぁー、私がたっくんのこと忘れちゃうわけないでしょー! ……え、てか私のことホントに覚えてる」 


「へ!? え、あうん。忘れるわけないじゃん! もうずっと覚えてるよ、中学の時も!」


 彼女がへっ? というような反応をするのがわかった。


 ……っ! 俺は何変なことを! 中学の時もずっと覚えてた、だなんて……

 俺の身体の中は羞恥やら後悔やらが渦巻いてもうぐちゃぐちゃである。

 ちなみに言っておくとおそらく顔も真っ赤である。顔が、熱い。 


 恐るおそる、彼女の顔に目を向ける。


 そこで見た表情は予想と──違っていた。


 彼女はニコニコというよりニヤついたような表情でふーん、と鼻を鳴らす。


「ずっーと覚えててくれたんだ? 中学の時もねぇ」


「いや、まっ、その覚えてたっていうか……まぁ、覚えてはいたけど」


 口を開けば開くほど色々とあらぬことまで喋ってしまいそうである。俺、冷静さを取り戻せ。


「私、音楽室入ってすぐ、あっ! たっくんいるーってなったのに、たっくんは全然こっち気づかないんだもん」


「いや、それは……すまん」


「ふふっ、ま、いいんだけどさ」


「はーい、部活はじめまーす」


 上級生の声が響いた。三年生の部長だ。由奈はその声で前に向き直った。

 チラッと横を見ると──会話の一部始終を見守っていた直紀がニヤついた視線を送ってきている。


「なんだよ」


「いーや別に?」


 ニヤニヤした表情はそのままに、直紀も前を向いてしまった。

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