約束は必要

「いやー、レイト君だっけ? メルに真っ正面から言い返すなんて度胸あるじゃん?」


 とにかく、自分は自分で仕事の準備をせねば、と燕尾服のネクタイを改めて締め直した時だった。

 メルの横にいたもう一人のメイドが声をかけてきた。


「え? あ、いや、なんの事です?」

「別に今はオフレコだし無かったことにしなくていいよ? それよりも、アタシはセレス。これから短い間だけどヨロシクね?」

「よ、よろしくお願いします」


 もう一人のメイド、セレスは結構陽気な性格らしく、先程までは無表情だったのにも関わらず今は人懐っこい笑顔を浮かべている。

 仕事モードのON/OFFの差が激しいのだろう。こういう仕事をしている者の中で時々いる人種だ。


「で、レイト君。アタシ、あっちで少し気になる噂を聞いたんだよね」

「噂?」

「うんうん。君がハインリッヒ騎兵団に混じってキングズヴェーリと戦って、トドメを刺したって噂。アレ、本当なの?」


 史上初となる、ネメシス部隊のみによるキングズヴェーリ討伐。

 それを成した者の名が広まる事をハインリッヒ家は止めなかった。何せ、広まった所で誰も信じないだろうから。

 その予想は正しく、まだ数ヶ月しか経っていないあの戦いはネメシス部隊だけによるものではなく、やれ船を自爆特攻させたやら、やれ核兵器を秘密裏に持っていたやら、傭兵に核を運ばせたやら。根も葉もない噂が流れている。

 しかしそれは当然の事。今までは核兵器による攻撃でしか倒せなかったバケモノを、ネメシスが倒したなんて到底信じられないから。

 まだ核を隠し持っていたという方が信じられる。

 故に、レイトがキングズヴェーリ討伐の決め手となった事は、本当に一部しか知らないし、信じられていないハズなのだが。


「本当ですよ。確かに僕は、ホワイトビルスターでキングズヴェーリの核を撃ち抜きました」

「やっぱり、そうなんだ! だよねー、普通そんな噂、事実に近い物がなきゃ流れないもんねー」


 しかし、火のないところに煙は立たない。

 セレスは噂の中で唯一とも言っていい、個人でキングズヴェーリのトドメを刺したという噂こそが本当だと察していたらしい。

 だが、そんな事は関係ない。


「確かに僕はキングズヴェーリを倒しましたけど、それはハインリッヒ騎兵団と、ある傭兵の力を借りたからです。僕一人では、到底勝てませんよ」

「それでもだよ? キングズヴェーリなんてバケモノと戦って、勝ったなんて経歴を持ってるなら護衛にはピッタリだし……この先の事も、任せられるしね?」


 この先の事。

 何故ネメシスに乗れる者を態々護衛にして連れ回す必要があるのか。

 その理由。


「……えぇ。その時が来たならば。僕はカタリナお嬢様の前に立ちはだかる、全ての愚かなる敵を撃ち抜きましょう」

「うんうん。頼りにしてるよ、英雄クン?」


 セレスは楽しそうな笑顔を浮かべたまま、船の中へと入っていった。

 その後をレイトも追いながら、レイトはあの日、仕事を受けた時にミーシャから聞いた事を思い出していた。



****



「ネメシスを使った決闘……?」

「あぁ。ティウス王立学院では、ネメシスを用いた決闘が行われる場合がある」


 ティウス王立学院は、貴族も平民も入学できるものの、貴族と平民の通う校舎は離れている。

 その理由は、ティウス王立学院が誕生した時から存在する決闘制度だ。


「貴族同士のやり取りというのは、時にそう言った儀礼じみた物で決着を付けねば尾を引く時がある。それに、貴族にとって武力は必要なステータスの一つでもある。その武力の調達方法も、な」

「ドンパチやってサッパリさせようぜって事ね……」

「そういう事だ。学院ができた頃は生身での模擬戦が主流だったが、今はネメシスによる決闘が主流だ。なにせ、ネメシスの用意には金もかかるし、そのパイロットの用意にもツテと金がかかる。貴族の力を見せるには丁度いいんだ」


 故に、決闘制度にはいくつかの条約が決められており、これを破った者には相応の罰が行くのだという。

 一つ、決闘による決着は絶対。覆す事はできない。唯一の例外は、その決闘の決着を取り消す決闘に勝利すること。

 一つ、決闘は互いの了承を得た場合にのみ可能。一方的に決闘を仕掛けた場合は罰則が下る。

 一つ、決闘で相手を殺した場合は、殺した陣営の負けとなる。

 一つ、決闘にはありとあらゆる物が賭けられる。しかし、相手の人としての最低限の尊厳を汚してはならない。なお、相手が合意した場合は例外とする。

 一つ、決闘の妨害をしてはならない。妨害行為が露呈すれば、どんな場合でも妨害された側の勝利となる。この妨害に時効は存在しない。


「と、大雑把なルールはこんな感じか。所詮、若気の至りをどうにかするためのルールだよ」

「そうなんだ……でもこういうの、問題起きそう……」

「起きるさ。婚約者の取り合いだったり、人身売買じみた賭けをしたり……プライドだけはデカいガキがやりがちだ」


 ミーシャはそう言って溜め息を吐いた。

 彼も学生時代、何かあったのだろう。今度サラに連絡して聞いてみよう。


「だが、所詮は学生のやる事。用意できる戦力もたかが知れている。昔のランドマンで無敗だった程だ」

「なるほど? じゃあ僕なら余裕だ」

「そういうことだ。相手は干物の出荷先だ。くれぐれも気を付けてくれ」

「勿論。任せてよ」

「頼んだ。あぁ、それとだ。カタリナ嬢は内気な少女だと聞く。もしかしたら相手に押し切られて動揺し、何も言い返せなくなるかもしれない。そういう時はお前が決闘を申し出てくれ。その辺の話も付けておく」

「いや、荷が重いね…………まぁ、わかった。そこら辺もなんとかするよ」


 そんな事を、出発前に話していたのであった。



****



 あとがきになります。

 前回のTipsのせいでテンション上がってるちっぱい派と絶望してる巨乳派が出てきて笑いました。

 今回はちょっと前のコメントの質問について。


Q:ホワイトビルスターの脚部ビームセイバーってどんな感じなの? イメージ付きません

A:自分の描写不足ですみません。脚部ビームセイバーはインフィニットジャスティスのグリフォンビームブレイド(脚部ビームサーベル)みたいな感じです。

カオスの爪先ビームクローみたいなのを想定していた方、本当に申し訳ない。

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