家出したあなたへ

 トウマ達がレイトに案内されている一方、屋敷の中では家族会議が始まっていた。


「さて、サラ……帰ってきてくれたのは嬉しいが、家出の理由を聞かせてもらおうか」


 その部屋には使用人は一人もおらず、ハインリッヒの家族だけが居た。

 ミハイル、サテラ、サーニャ、サラ。そして、リゾートコロニーにはついて行かなかった長男であり跡取りのミーシャがこの部屋には居た。


「理由なんて……この生活が嫌になっただけよ」


 サラは若干不貞腐れながら本音を吐露した。


「美味しいものが食べれて、将来も気にする必要がない。そんな環境を与えてくれた事は本当に感謝してる。けど、全部与えられて何不自由ない生活っていうのが、嫌になったのよ」


 それが、サラが家出して傭兵になった理由。


「ハインリッヒ家の次女として、そんなのが言える立場じゃないのは理解してるわ。それでも、あたしは貴族としての生活よりも、傭兵としての生活に憧れたの。それで、実際に傭兵の方が性に合っていた。だから、帰らなかったの」


 家族に愛されていた。愛されていたから何一つ不自由なんてなかった。

 それでも、敷かれたレールをただ歩くだけという生活はサラには合わなかったのだ。


「ふーん……贅沢ね、サラ。アタシはこの生活すっごい好きなのに」

「そりゃ姉さんはインドア派だしそうだろうけどさぁ……あたしは違うの。アウトドア派なの」

「分かってるわよ。で、父様、母様。結局サラはどうするの? このまま家で監禁してもまた勝手に家出しそうな雰囲気だけど」


 サラの姉、サーニャはそんな生活が気に入っていた。

 活発なサラとは違い、サーニャは結構自堕落な人間だった。だからこそ、嫁に行くまでは親が何もかもやってくれるし、嫁に行けば旦那と使用人が何でもやってくれる貴族としての生活は性に合っていた。

 それに、仕事だってやらなきゃいけないならやるので。


「まぁ、そうだね……まずはサテラ。君はどう思う?」

「正直、このまま好きにやらせてもいいと思うわよ? これで明日食べる物も困る生活をしてるならやめさせたけど、儲かってるんでしょ?」

「勿論。意地張るだけの成果は残してるわ」

「まぁ大型ズヴェーリを一人で倒せるんならねぇ? それに、サラだってもう大人よ。家を出たいんなら好きにさせてあげるべきよ。餞別はあげないけど」

「うっ」


 暗にへそくり持ってったんだからこれ以上は何もやらんぞ、と言われた。

 流石に根に持たれている。


「で、サーニャは?」

「アタシも別に? 好きにしたらいいじゃん。他の家との繋がりを強くしたいならアタシが嫁に行くしさ。ただしイケメンに限る」

「いや、私はしないからね? ミーシャがどうするかは知らないけど、早く婿探さないと本当に行き遅れになるよ? 流石にニートは捨てるからね?」


 政略結婚。貴族間ではよくある事なのだが、ミハイルは娘には自分で婿を探してきてほしいと思う人間なのであった。

 もしもこのままグータラしてニートをするんなら適当に放逐するが。

 そして、次は。


「ミーシャ、君は?」


 長男であり、次期当主のミーシャだ。


「悪いが、俺は反対だ」


 彼は、このままサラを傭兵として送り出すのは反対だった。


「何でよ、兄様!」

「当たり前だ。母様もサーニャも楽観視し過ぎだが、傭兵というのは命懸けだ。そんな危ない仕事を妹にさせるわけにはいかんだろう」


 と、言うのが一つ目の理由。


「それに、サラ。お前は今まで民の血税で飯を食ってきたんだ。ならば、民に対して報いるべきだ。貴族として産まれたのであれば、その責務は果たさねばならない」

「それは……そうだけど……」

「俺の方でお前の縁談相手も考えている。そこの行き遅れはもうどうでもいいが、お前はまだ若い。まだ貴族間での結婚に使える。だから、俺は反対だ。ハインリッヒ子爵家の次期当主、貴族として反対させてもらう」


 それが、ミーシャの考えであった。

 ミーシャの言い分は最もだ。

 今までサラはこの領地の民の税金で何不自由なく生きてきたのだ。だと言うのに、そんな事は知らないと全てを放り出して生きる事は許されない。

 貴族としてその生活をしてきたのなら、貴族としての生き方を全うするべきだ。

 それが、ミーシャの考えだった。


「サラの縁談はサーニャに回すとして」

「おい父上」

「いや、まずはこの干物は早目に出荷しないとだからね……?」

「干物、イケメン、好き」

「黙ってろ面食い……! まぁ、ちんちくりんよりも干物の方が相手側もまだマシに思うか……」

「兄様後でラーマナで踏み潰してやるから覚悟しなさい」

「落ち着いて落ち着いて……で、私としてはサテラとサーニャの意見、ミーシャの意見の半々かな。親としては、傭兵をさせてもいいと思っているが、貴族としてはそんな事は許せないと思ってるよ」


 サーニャがサラとは真反対のボディでドヤ顔してきたので、サラが額に青筋を浮かべてる。

 そんな若干カオスな光景の中でミハイルが口にしたのは、親としての意見と貴族としての意見だった。

 多数決ならば賛成のほうが勝つが、当主としての意見を持つのならば反対。それがこの場で出た結論だった。


「だから、そうだね……ミーシャ。何かしら納得できる条件を出すのはどうだい?」

「条件?」

「そう。例えば、我が領地のズヴェーリを一掃するとか、お金を納めてもらうとか。タダじゃなくて、条件付きでサラの傭兵稼業を許すんだよ」

「……それならば、いいでしょう。俺とて、個人では別に好きにさせてやりたいと思ってますから」

「兄様……」


 貴族としての思考がサラの自由を許さないのなら、その思考をどうにかするための条件を考えればいいのだ。

 それこそ、ミハイルの言ったズヴェーリの一掃でもいい。もしもそれができれば、周辺宙域はズヴェーリの存在しない安全な宙域となるのだから。


「それはまた追々だね。サラにはまだ聞きたいことも沢山あるしね。サラの仲間の子達には悪いけど、暫くはウチでゆっくりしてもらおう」

「それは大丈夫よ。あたし達、最近はワーカーホリック気味だったし」

「でもリゾートコロニーに居たよね?」

「えぇ。働きすぎだからってことで丸1週間遊んでたわ」

「丸1週間……!? よくそんなお金あったわね……!」

「ズヴェーリって稼げるのよ、姉様」


 そんなに荒稼ぎできるのはティファ&トウマ&サラくらいなものだが。

 さて、条件をどうするかという困った表情のミーシャとミハイルだったが、そんな2人の端末に連絡が来た。

 連絡をくれたのは、機兵団のランドマンだった。


「どうした?」

『はっ。少し折り言って相談が』

「言ってみなさい」

『サラお嬢様の連れてこられたお仲間の方に、少しネメシスに乗って手合わせを願いたいと思いまして』

「ほう……? それで?」

『彼はかの赤いネメシスを討伐した張本人のようで。もしも真実であれば、彼を使う事で我が機兵団の戦力を底上げできるかと』

「何? 赤いネメシス……国軍ですら退けられたというあのネメシスを……」


 実は、この時、丁度隊舎の方でトウマとランドマンとで会話が成されていたのだ。

 勿論、ミハイルとミーシャも機兵団に傷跡を残したマリガンの事は知っている。故に、もしもランドマンの言う事が本当であれば願ってもないことなのだが。


「あぁ、マリガンの事? それなら本当よ。あたしも1回こてんぱんにされたけど、その後トウマが地獄送りにしたし」


 その通話を聞いていたサラがポロッと真実を漏らした。


「サラ、馬鹿を言うな。奴は我が機兵団を一蹴した化け物だぞ」

「それを超える化け物がトウマよ」


 正確には、トウマを合わせた自分達3人が、だが。


「確かティファが映像記録を撮ってたはずだし見せてもらったら? あと、トウマに戦い方を教えてもらえば相当ウチの機兵団は強くなるわよ。あたしだってパンピーだったけど、大型ズヴェーリをお手玉できるくらい強くなったし」


 サラが大型ズヴェーリを討伐した映像記録はミーシャも確認した。

 妹がまさかここまでネメシスを扱えるなんて、と驚嘆したのだが、妹をそこまで鍛えたのがトウマだと言う。

 信じられない事だが、本人が言うならそうなのだろう。サラはそこら辺の事で虚言を言う人間ではないのは家族だからこそ理解している。


「……父上。どちらにしろ、まずはその者の腕を見てからでないと話にならないかと。事実であれば、傭兵としてその者を雇うべきです」

「それもそうだね。しかし……まさか娘が世話になったからゆっくりしてもらおうかと思ったら、こんな事になるとは……」

「まぁ…………トウマってネメシス馬鹿だから気にしないでいいわよ。あたしの時も結構嬉々として教えてくれたし」


 ちなみに、雇った際のお値段は要相談となりました。

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