残酷よ希望となれ

 沈んだ気分のまま、俯く。

 まるで、ズブズブと見えない闇に沈んでいくようだった。

 もうこのまま、沈みきってしまったほうが楽なんじゃないか。そうも思えて。


「なーにセンチメンタルな事言ってんのよ」

「え?」

「ほら、水。病み上がりなんでしょ、飲んどきなさい」


 そんな気分に文字通り水をさしたのは、サラだった。


「あ、あぁ、ありがと……どうしてここに?」

「……あたしもセンチメンタルな事言いたい気分だったの」


 要するに、散歩。

 偶然会っただけだ。


「案外元気なようで安心したわ」

「ありがとな。サラは…………」

「……気にしなくていいわよ。トラウマ抱えたのは事実なんだし」


 ゆっくりとカウンセリングして慣らしていけば、またネメシスに乗れるようにはなるだろう。

 だが、サラの愛機は。ラーマナは、もう元通りにはならない。


「……ティファ、最近ずっと自分の部屋で考え込んでるの。これからどうするかって」

「………」

「スプライシングを直してもいい。でもそれでまたあんたが傷付くのは嫌だ。だから、もう全部捨てちゃえばいいって思ってるみたい」

「………………」

「全部捨てて田舎に越して残りの長い人生無駄に過ごすのもいいと思うわ。普通、傭兵のゴールはそこだもの」


 どうやら、サラはティファの考えていることが分かったらしい。

 傭兵だからだろうか。それとも、同性の友人だからだろうか。


「……でもね、あたし、我儘を言うなら、あのクソ野郎に復讐したい」

「…………無理だ」


 反射的にサラの言葉に返した。

 勝てやしない。


「あたしにはね。でも、あんたとティファならできる」

「無理だ」


 次はもっと早かった。

 手段はない。


「スプライシングを修理して、しっかりと状況を整えれば、あんた達なら」

「無理だっつってんだろ!!」


 そう、無理だ。

 無理なんだ。


「いくら虚勢と蛮勇で塗り固めてもな、俺とスプライシングじゃアイツの機体には勝てねぇんだよ!! 誤魔化して戦ってたけどな、本来は互角ですらねぇんだよ!! アイツの腕はランカーには及ばねぇが、それでもネメシスオンラインの上位層レベルはあった!! 俺の腕は奴よりも上だったけど、その程度じゃあそこまでのプレイヤーを相手にしていられねぇんだよ!! スプライシングだとどうしようもなくスペック不足なんだよ!! 俺程度の腕じゃ、スプライシングを使って勝てねぇんだ!! 今のアイツを倒すなんて、万全のラーマナでも無い限りは無理なんだよ!!」


 声を荒げ、息を切らしながら叫ぶ。

 直視したくなかった。

 認めなくなかった。

 だが、心の奥底ではそう思っているのだ。

 スプライシングと己の性能では、マッドネスパーティーに乗るマリガンを倒せないのだと。

 初期機体で環境機体に乗った初心者を倒せるか? あぁ、倒せるとも。

 だが、初期機体で環境機体に乗った上級者なんて倒せるわけがない。

 あの敗北は、必然だった。


「…………無理、なんだよ。俺と、ティファじゃ。俺の腕も足りねぇし、ティファの全力を受け止めるだけの環境もない。俺達二人でも、あのクソ野郎に届かねぇんだよ」


 トウマは全力を出し切った。

 ティファも全力を出し切った。

 その結果が、敗北だった。

 だから、もう、どうしようもない。


「でしょうね」


 それは、サラも認めている。

 認めざるをえなかった。

 だから、もう、諦めるしか。


「なら、あたしのラーマナを使いなさい」

「…………ぇ」

「ラーマナはまだ直せる。けど、直せた所でスペックダウンする。ならいっそ、使えるパーツを全てスプライシングに組み合わせてニコイチ整備するの」

「ラーマナ、を……?」

「ハッキリ言ってティファのメカニックとしての腕は異常よ。ティファがもしスプライシングにこだわってなきゃ、歴史に名を残してもおかしくない程異常なのよ。だから、ティファならスプライシングとラーマナでニコイチ整備ができる筈。そうしたら、限りなくラーマナに近いスペックの機体が……いえ、ラーマナを超える機体が完成するに違いないわ」


 ティファの意地だけでは駄目だった。

 トウマの意地があっても駄目だった。

 ならば。


「あんたとティファ。二人だけで無理なら、あたしも手を貸すわ。あたしだってね、負けっぱなしじゃ終わらせたくないって思える意地があるのよ」


 サラの意地だって上乗せして、不可能を可能にする。


「ティファがラーマナを使えば、あんたの操縦技術の全てを受け止められる最強のネメシスが作れるはず。それが、アンタ等の……いえ、あたし達の全力なのよ」


 スプライシングのスペックは、奴に劣っていた。

 それを乗りこなしたトウマの総合的な力量も、奴に劣っていた。

 ならば、それを覆すための一手を。ラーマナという一手を加えれば。


「………………でも、俺は」

「だぁもう男がそんなウジウジすんじゃないわよ見苦しい!!」

「いってぇ!!?」


 俯き、不可能だと言おうとしたトウマの頭にゲンコツが落ちた。

 こちらさっきまでハリネズミ状態になって入院していた元怪我人です。


「あんた、あのキチガイに負けたままでいいの!? ランカーとやらは一回負けただけでウジウジするような情けない奴なの!?」

「っ…………」

「死にかけて、怖いのは分かるわ。あたしだってあの日からずっと怖い。もうネメシスになんて……傭兵になんて関わらない方が身の為だって思ってる。あたしは中身がやられて戦えないのに、あんたに戦えなんて都合の良いことを言ってるのだって理解してる。最低なことだって、無責任な事だって……!」


 けど、と彼女は続けた。


「だからって下ばかり向いてたら、何もできないのよ。あたしだってまたネメシスに乗れるように努力する。だから、あんたも頑張ってよ……」


 サラは、あの日から努力している。

 ただひたすらに、またネメシスに乗れるように。幾ら吐こうと、幾ら醜態を晒そうと。それでも何とかもう一度立ち上がるために努力している。

 あんな奴に負けたままでなんて、いられないから。


「……もう、乗れないかもしれないんだぞ。コクピットに座ったら、サラよりも酷く錯乱するかもしれない」

「ならあたしと一緒に頑張りましょう」

「…………また、負けるかもしれない」

「でも勝てるかもしれないわ」

「………………死ぬかも、しれない」

「そんときゃそんときよ。誰もあんたを恨んだりはしないわ。みんな仲良く宇宙の藻屑よ」


 サラの前向きな言葉に、少しずつ顔を上げる。


「……………………たった一つの意地すら守れなくて、生きていく価値なんか、無い……!! そうだよ、死んでるように生きていたくなんてない!! 倒れても立ち上がって前よりも強くなってやるよ!!」

「だから、戦いましょう。あたしも手伝うから」

「あぁ……!! 俺だって男なんだ……!! どうしようもなく男なんだよ……!! あんな無様に負けて、黙ってなんかいられるか!!」


 そして、顔を上げた。

 もうクヨクヨしない。もしもは考えない。

 目的はただ一つ。

 あのイカれたゲーマーに復讐する。それだけだ。

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