またあうひまで 微糖

@Talkstand_bungeibu

またあうひまで(テーマ:再会)


女が死んでいた。

40分ほど女の周りをうろついて考えたが、やはり女は俺が殺したようだった。

俺の中のもう一人の俺がいう。事故ということも考えられる。

もっと小さい俺がいう。仮にそうだったとしても。事故になるような飲み方をしたんだろう。

あ、と思っててポケットの中を見る。やはりだ。目薬ほどの小さい瓶が出てきた。罰ゲームだと言って一滴酒に垂らして飲んでから、記憶がない。という事は、俺に誰かが罪をなすりつけたということも考えられる。

だが。それを証明するだけのコネクションも能力も俺にはない。かといって前科を欲しがるほど悪ぶったガキでもない。


女を観察した。

一切顔に見覚えがない。

さっきのように誰かが罪をなすりつけたということも考えられるが、おそらく一晩飲み、一晩寝ただけの関係だろう。

脈。やはりない。

茶色い髪。触るとべとっとしたものにあたり、鳥肌が立つ。後頭部に傷がある。殴られたか、突き落とされたか。いずれにしてもこれが致命傷だろう。

部屋を見回す。青を基調とした部屋だが、メイク道具が詰まった小箱やクローゼットにしまわれた服を見る限りこの女の部屋だろうと思っていいだろう。

スマホを見る。チャットアプリに何件かチャットが来ていた。ものによっては数件溜まっていた。

鞄の中身を物色する。女は一人暮らしの学生、という事までは分かったがそれ以上詳しいことは分からなかった。


さて、どうする。


一番いいのは失踪したと思わせる事だ。警察も捜査するとなると面倒になる。

問題なのは知人に足を踏み入れられないか。この辺りは微妙だが、親ともそれ程仲良いというんけではないらしい。アルバイト先も、飛ぶという事はよくあるだろう。問題は近い存在だ。部活動、サークルや友人、恋人が気づくという事は十分考えられる。こればかりは賭けでしかない。

となると、やはり問題は遺体をどう処分するかという事になる。


包丁の入手の為、近所のドンキホーテに行く事になった。土地勘がない上カメラに映り込むとまずい。女のしていた眼鏡をかけ、念のため上着を脱いで買ってきた。

時間が経っていたのかだいぶ血は固まっているようだった。

首元に包丁を当て、ハンマー代わりの外付けHDDで叩く。何回か行程を繰り返して、ようやく首が別れた。

想定したのが、バラバラ遺体にする事だ。憎悪・食用など理由は様々だがバラバラにすることが好まれる最大の理由は運搬・隠蔽のしやすさだ。

頭部・上半身・下半身・両腕・両足の7つに分けた。

時間は、夜中の3時。予想はしていたがかなり時間は要した事になる。


女が使っていたであろう大きめのリュックに、体のパーツを入れる。

バイク。125ccだろうか。盗む。ちなみに自分は無免許だ。捕まったら終わる。

徹底して交通ルールを守る。挙動不審な行動はしない。

山を目指す。

自分の住むO市はぼこぼこした山が各地にある。その各地に埋めていくことにした。

幸い仕事は明日は休みだ。2日もあればある程度遠くへは行けるだろう。


山の中を進む。スニーカーどころか革靴だから無意識に足に力が入り、痛い。立ち入り禁止と書いた紙のついた虎ロープをくぐり、さらに中に入る。スマホのライトで照らした先には40cmまで生えた雑草からなる草いきれが漂う。

手頃なポイントを見つけたところで気づく。あぁあ。

スコップがない。

これじゃ埋めることができない。

自分への苛立ちと焦りで狂いそうになったが仕方ない。できるだけ奥まった箇所を見つける。

鞄を見て無くなっていないか考えたが、当然ながら鞄には遺体があった。

その中の一つを取り出し、野良犬避けに香水をじゃばじゃばかける。

疲れた。まだ一つ目だ。


疲労と眠気が神経を襲っていた。

記憶が少しずつクリアになっていく。

バーで酔った女性と会話し、彼女がトイレに立ったタイミングで酒に小瓶の中の薬を混ぜた。

薬は友人からもらったもので、新しいケミカルドラッグの一種らしかった。自分の酒にも数滴垂らして飲み、そこから確か…。

部屋を聞き出して入ったが、そこで覚醒した彼女に出ていけと言われたのだった。

言い合いになり、無理やり外に出そうとした彼女を強く突き飛ばし…。

原因は分かった。そしてケリもつきそうだ。

左脚を入れたビニール袋をくくりつけたバイクを湖の中へと落とす。


スマホは初期化し、中古買取店に売った。

女の家族や友人が騒ぐのは避けられないが、できるだけ遅くなってくれれば証拠の確定に繋がらなくなる。

念のため女のPCの中に遺書という名前のテキストファイルを作ってきた。

失恋の為自ら死を選びます。これまでありがとう。

もちろん本人の手書きではないし女がどんな恋愛をしていたかは知らないが、やる気のない警官に当たればこれで片付ける事もあるだろう。

女の家の鍵は海へと捨ててきた。

クリーム色のキーケースのついた鍵を上投げで放り投げると、綺麗な弧を描いて飛んでいった。


「パパどこいってたのぉー」

舞が駆け寄ってきて、私の膝小僧にまとわりつく。

「ごめんな。仕事の関係でずっと帰ってこれなかったんだ」

頭を撫でる。

「ママはどうしてる?」

そう聞くと、舞はキッチンを指差した。

ありがとうと言い、キッチンへと入った。

亜美はこっちに背を向け、何かを切っていた。

「連絡とれなくてごめん。上司の人がずっと連れ回してさ。」

亜美はこっちを見もしなかった。

「変な店に行ったわけじゃなくて、上司の家に泊まることになって、それで酔っ払って昼まで寝てたんだよ」

何かを包丁で切っているようだった。包丁を見て、ぞっとする。自分のやった事に。

「確かにもう若くないし、無茶な飲み方には気をつける。一人の体じゃないもんな」

亜美はこっちを見なかった。

亜美は葱を切っていたようだった。

すでに微塵切りにされた葱は0.3mmからさらに細かく細かく切られていた。


休みが明け、月曜日が過ぎて火曜日になった。


俺は喫煙所で煙草を吸っていた。

亜美とはまだ話せていない。

何度かLINEを送ってみたが、返事がない。

父親としての自覚がない、と以前に言われた事を思い出す。

確か新婚すぐの頃は全然家に戻らない事が原因で喧嘩したものだった。

その時は反省して夜遊びを抑え、何とか関係を修復した。

だがここ数ヶ月、悪い自分が暴走した。ミドルエイジクライシスというやつだろうか。変わりない仕事と父親としての自分との間で何かを求めて、あの日は酒を飲んでいたのだった。


スマホでネットニュースや、警察の発表する最新事件についての報告を見たが、あの女に関する情報は出てこなかった。

もはやそれ自体が悪い夢を見ていたようだった。

いや、あれは悪い夢だったんだろう。

亜美の言う通りだ。

俺は父親としての自覚がなかった。

何が一番大切なのか。もちろん家族だ。

はっきりと目が覚めた。煙草を灰皿で消し、そのタイミングでおかしなことに気づいた。

喫煙所は磨りガラスで覆われている。

廊下側に、肌色の足が二つ立っているのだ。

会社でこんなに肌を露出しているものがあるだろうか?

しかもこの線の細さからすると、女だ。

視線を上に上げていく。

すると、女には脚から上が存在しなかった。

その向こう側を何かが動いているのが見えた。

その何かは喫煙所に入ってきた。

「ちょっとタバコ休憩長いっすてー。そろそろ外回り行きましょうよー」

後輩社員だ。

「お前、そこに変なのいなかったか?」

「はい?」

「いや、なんでもない」


酒のせいで変なものが見える、という事は往々にしてある話だ。

とりわけ自分の中に罪悪感がある時は特にだろう。

自分に言い聞かせるように思った。

あれは、なかった。

酔いすぎて悪い夢を見たんだ。

あいつの渡した悪い薬だ。

それを俺は胃薬かなにかと間違えて自分で飲んでしまった。それで変な妄想に取り憑かれたんだ。

その後遺症が残っているんだ。

現に、ニュースではまだ取り上げられていないじゃないか。

だんだんと息が速くなる。

帰ろう。

同僚からの誘いも断った。早く家族に会いたい。

車のキーを入れて回す。

エンジンがかからない。

エンストだろうか。いや、キー自体が右に回らないみたいだ。

キーに触れる。じっとりと濡れている。

これは車の鍵じゃない。

この鍵には、クリーム色のキーケースがついていた。


自宅のベッドに横たわる。

三人で川の字になる。一番左の線の俺は舞をあやしていた。

「パパ、顔まっさおだよ」

「大したことないよ。ちょっと外が寒かったからね」

「ママおそいね」

亜美とは今日もまた話せなかった。

放っておけばいいと考えていたが、流石に話し合う必要があるようだ。

舞が寝ついたころ、亜美がベッドへと入ってきた。

「この前はごめん」

声をひそめて話しかける。

「亜美もまだ小さいのにな、悪かった」

返答はない。

「これからやり直せるよう努力するよ。正しい父親になれるように」

手に何かが触れる。

「ありがとう」

手を握り返す。

次第にわかってくれるはずだ。今は無言でも。

しばらくうたた寝している間、ある事にきづく。

手がつめたいままなのだ。いくら握っても。

「亜美?」

亜美は舞を抱きしめながら眠っていた。


会社に行かなくなって、4日が経つ。

クローゼットの中で水だけを口にした。

情報がわからないから、捜査がどこまで及んでいるかも分からない。

だが、今恐れているのは違う事だ。

彼女が来る。

その事だ。

歯が鳴るのを必死に耐えながら、不安感と恐怖を抑えていた。

扉から光が差し込む。少しずつ開いていく。

亜美だ。

「すこしだけいい?」

毛布を頭まですっぽり入り、開いていく扉を抑える。

「わかった。ここから話すね。えーと、この前は私もごめんね。謝ってもらったのに反応しなかったのは大人気なかったかも」

クローゼットの隙間から、あの女の姿が見えないか探す。

「でも舞の事もあるし…。仕事なのか私なのか原因はまだわからないけど、解決にむけて話し合いましょ?」

話し合う?

どうやってだろう?

間違っていた。

一つの誤りを犯していながら、それに目を伏せて家族の問題を解決しようとする事など。

できるはずないのだ。

だがどうすればいい。

守るべき家族がいる。

私のせいで、罪もない家族まで汚名を背負う事になる。

「むりだ…」

か細い声が思わず漏れる。

「無理じゃないよ。大丈夫。いつだって家族で乗り越えてきたじゃない」

そうだ。

そうだった。

全てを話そう。

もしかしたら隠し切る事ができるかもしれない。

そう思い扉を開いた瞬間、その気持ちは崩れ去った。

亜美の顔の上には、あの女の崩れ蟲に喰われた顔が覆っていたからだ。

その顔のまま亜美は近づき、私を抱きしめ、キスをした。

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