【KAC20243】わたしは、箱
武江成緒
1. 箱
わたしは、箱。
六枚の四角い平面。
それがわたしの肌で、顔。
その内側にあるものはすべて、外気にふれることもなく、何ものかの目にうつることもない。
肉も骨も、肺も腸も、肝も子宮も、心臓も脳も、ぜんぶ区別なく、わたしのはらわた。
わたしには目も鼻もない、口もなければ耳もない。
だってわたしの外面には、そんなものは通じていない。
通じてないなら、そんなものは、ないのだから。
わたしには何も見えはしない。
血とはらわたの音以外、何も聞こえてきはしない。
自身のなかみの匂いしかせず。
なにかを味わうこともなく、声をもらすこともなく。
ましてや言葉を交わすなんて、目覚めているいまとおなじく暗くうつろな夢の中でも、ありはしない。
わたしは、箱。
目も鼻も口も耳もなく、足も手も指も首もなく。
六枚のなにもない顔を、なにもない外へむけて、ずっと、ずうっと、はてしなく、ただこうしているだけの、箱。
だっていうのに。
何かが動いているのを感じる。目も耳もないこの肌に。
その何かは、わたしの周りにあるものを、すっかり変えたみたいだった。
これまでそよとも感じなかった何かの流れがかすかに肌に感じられる。
その流れが、肌にあいたすきまをとおして、私のはらわたへと吹きつけて。
他のはらわたと区別のなかった心臓が、その存在をあかしだてようとするように鳴り始めた。
声が出る。
怖さに引き出されるみたいに、なかったはずの口から声が流れでる。
それでも、すきまは止まることなく広がりつづけて。
箱のなかにあり続けていた、本当のわたしの肌が、外気へとさらけ出された。
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