京都の君/僕らの場合

京都の君と、始末屋案件

『お初です。お二人とも、どうぞよろしゅう』


 その日颯吾から紹介されたのは、出身地のパブリック・イメージをそのまま現実にした様な、はんなりとした女の子だった。

 スマホのビデオ通話越しでも分かる、きめ細やかな白い肌。

 腰の先まで伸びた、濡羽色の髪。

 頭の中に漠然とある大和撫子のイメージが、その姿にぴたりと重なる。


 彼女の名前は、【東条千咲とうじょうちさ】。


 これまで勝手に『京都の君』と呼んでいた、颯吾のお見合い相手である。


          ☆☆☆


 長瀞での告白作戦が失敗した、次の日。

 地元に戻り、沙雪を先に帰した後、僕たちは『打ち合わせ』のため近場のカフェに入った。

 奥まった席で注文を済ませ、タブレットを店のWiーFiと繋げたところで、颯吾が通話アプリを起動する。

 そうして対面を果たしたのが遠く西の都にいる『依頼人』、千咲さんだった。


『ごきげんよう、颯吾さん。えぇと、隣にいらっしゃるのは……?』


 お嬢様らしい上品な口調から覗くのは、微かな警戒心。


「前に話した、俺の親友たち。今回もガッツリ巻き込まれてくれるって言うから、連れて来たんだ」


 颯吾の笑みに、画面の中の千咲さんがほっとした顔になる。


『嫌やわ。うちったら初対面の相手にとんだ失礼を……かんにんです』


 おぉ~、中学の修学旅行で聞いて以来の、生京都弁だ~。


『あの、颯吾さん。お二人には、うちの家のこと、どこまで話しはったんですか?』

「大まかな事情だけを、掻い摘んで。千咲さんが嫌がりそうなことには触れてないよ」


 ――悪いんだけど、俺の縁談をぶっ潰すのを手伝ってくれ。

 昨晩、そう切り出した颯吾が明かしたのは、千咲さんとのお見合いを受けた理由と、この一ヶ月秘密裏に進めていた『ある計画』についてだった。


 曰く。

 始まりは、僕が縁談の話を聞かされる、数日前のこと。

 父親から呼び出されて、一方的にお見合いをするよう命令された颯吾は、当初はまったく乗り気じゃなかったらしい。

 気が変わったのは、せめて挨拶くらいはと、千咲さんと無理やり通話させられた時だ。

 長年のトラブルシューティングで鍛えられた嗅覚は、電話口の声から、厄介ごとの臭いを敏感に感じ取った。


 とはいえ、外野のいる手前、その場で聞き出すのは憚られる。

 そこで颯吾は一旦お見合いに前向きな姿勢を見せて、改めて二人きりで話す約束を取り付けた。

 それから、何度か通話をする中で千咲さんの信頼を勝ち取り、問題を引き出すことに成功する。



 結論から言うと、彼女は父親からのDV被害に悩まされていた。



 千咲さんの家は両親が早くに離婚していて、親権は父親が握っているらしい。

 その教育方針は、厳しいを超えて、支配に近いものだった。

 機嫌を損ねたら、即体罰。

 中学からは家事を全て押し付けられ、私用の外出は不可。

 学校の友達と下校時間に寄り道することすら、折檻の対象だという。

 スマホを持たせてもらえない代わりに、外出時はGPS発信機の携帯が必須と聞かされた時は、流石に引いたよね……。

 そんなわけだから自由に連絡を取るのも難しく、颯吾との『打ち合わせ』には事情を知ってる学校の友達パソコン部の備品を借りて、通話アプリで行っていたらしい。


 とまぁ、そんな環境で育った千咲さんは、家に縛られない普通の生活というものに、強い憧れがある。

 けど、そんなささやかな夢も、縁談がまとまってしまったら二度と叶わなくなる。

 生まれた環境ばかりは、どうしようもない。

 と、本人も半ば諦めていたみたいだけど、愚痴った相手が良かった。

 そんなトラブルこそ、僕たち『サンコーの始末屋』の得意分野なのだから。


 えーと。

 要するに、だ。

 颯吾には、初めから縁談を受ける気など毛頭なく。

 僕が大騒ぎしていたこの一ヵ月は、完全な徒労だったことになる。

 事態がどう転ぶか分からない内は、僕や夏葉を安易に巻き込みたくなかったみたいだけど、できればもっと早く打ち明けて欲しかった。

 少なくとも、僕が沙雪のモルモットにされる前に。


「でも、お見合いをぶっ潰すだけじゃ、DVっていう根本的な問題は解決しなくないか?」


 僕の問いに、颯吾が答える。


「それについて、ナっちゃんちのおじさんに相談したんだけどな」


 夏葉の父親はいわゆる人権派弁護士で、プロボノ活動なんかも精力的に行っている。

 今回みたいな案件で、一番頼りになる相手だろう。


「やっぱ、千咲さんを父親から引き離すしかないみたいだ。プロから見ても、話し合いでどうこうできる段階は越えてるらしい。身の安全を考えたら、それが一番だってさ」

「……そんなに切羽詰まってんの?」


 千咲さんへの気遣いからか、颯吾がタブレットの画面をちらっと見やる。


『……前に一度、お父様……父に手ぇ上げられてるとこをスマホで撮って、学校の先生に相談したことがあったんです。そしたら、上に報告が行く過程で、府の教育委員会にいる父の知り合いの耳に入ってしもうて、その……』

「そいつから情報をリークされた親父さんに、あばらにひびが入るほど手酷い折檻を受けたそうだ。それを機にスマホは没収されて、監視も強くなったんだとよ」

「なんだそれ」

「酷い……」


 あまりの胸糞悪さに、僕と夏葉の声が重なる。


「それだけ地元での親父さんの影響力は強いってことだ。だから迂闊に周りを信用するわけにはいかないし、かと言って事を大きくして相手を追い詰めたら、千咲さんが何をされるか分かったもんじゃねぇ。……だから、今回のお見合いは絶好のチャンスなんだ。あちらさんの力が及ばないこの東京なら、俺たちで匿うこともできる」

「でも向こうが保護者であることに変わりはないんだし、引き渡しを要求されたら、どうしようもなくないか?」

「そうならない様に、親権を取り上げるための手は打ってある。法律関係の準備はナっちゃんのおじさんが着々と進めてくれてるし、保護者のアテもある」

「保護者?」

『颯吾さんが、小さい頃に別れた母を探してくれはったんです。今は再婚して東京に住んどるみたいで、事情を話したら、また一緒に暮らしたいて言うてくれました』

「離婚もDVが原因だったみたいだ。当時はお金がなくて、社会的立場も弱かったから、親権を手放さざるを得なかったみたいだ。今の家庭には子どももいないらしくて、新しい旦那さんも二つ返事でオーケーしてくれたよ」

「へぇ、よかったじゃん!」


 ようやく出てきた明るい材料に喜ぶ僕の隣で、夏葉が「はい」と挙手をする。


「でもソー君、それならお見合いをどうこうする必要はなくない? 東京に来た時点で千咲さんを連れ出して、お母さんのところに連れていくだけじゃ駄目なの?」


 むっ、言われてみれば。


「一度反抗されてから、親父さんはかなり注意深くなっててな。こっちに来るに当たって、うちのクソ親父にも監視の協力をお願いしてるらしい。東京でのスケジュールをざっと見せてもらったが、国賓かって突っ込みたくなるくらいに、ガチガチの不自由だったよ」

「うへぇ……つか、大人連中は何でそんなに必死なんだよ」

『颯吾さんから聞かはったかもしれませんけど、父は大学病院の助教授をしとりまして、次の教授選に出馬するつもりでおるんです』

「あ、知ってるそれ。教授選。昔のドラマでやってた」

『多分それで合うてます。ほんで、選出されるには選考会でプレゼンしたり、論文をぎょうさん書かなあかんかったりするらしいんですけど、それ以外にも……その、『実弾』もえらい必要になるみたいで』

「じ、実弾……⁉ 医学部の教授って、そんなゴッドでファーザーなノリで決めるの⁉」

「落ち着けトモ。あれだよあれ、山吹色のお菓子」


 あぁ、なるほど袖の下か。


『父の入っとる派閥はあんま大きないから、その分ようけお金をばら撒かなあかんみたいで、颯吾さんのお父様の後ろ盾がどうしても必要みたいなんです』

「教授選は一度落ちたら再挑戦が難しくて、病院にも居づらくなるらしい。親父さんも、手を挙げた以上は背水の覚悟なんだろうよ」

「……結局、自分のためかよ」


 ただでさえDV被害を受けてるのに、この先の人生まで勝手に決められるなんて、千咲さんがあまりに不憫だ。

 さながら、白い巨塔に幽閉された髪長姫、といったところだろうか。


「話を戻そう」


 颯吾が言う。


「わざわざお見合いで事を起こす理由は、もう一つある。親権争いを最短で決着させるために、この機にDVの動かぬ証拠を握っておきたいんだ。協議が長引いたら、追い詰められた親父さんが何をしでかすか、分かったもんじゃないからな。そのための作戦も考えてある」

「聞かせてくれ」

「まず最初に、千咲さんには見合いの席で何らかの粗相をしてもらう」

「いや、そんなことしたら例の如く陰で折檻され……あっ」

「そう、それが狙いだ。会場は料亭なんだが、会食するための部屋とは別に、着替え用の控え室も、両家一つずつ借りる予定なんだ。そこにカメラを仕掛けておく」

「流石に見合い相手の前で暴力を振るう訳にはいかないから、問題が起きたら一旦着替え部屋に引っ込む、ってことか」

「そういうこと。千咲さんには親父さんを怒らせて、確実にDVの現場を撮影してもらう。トモとナっちゃんに頼みたいのは、カメラの回収と千咲さんの脱出の手引きだ」

「オッケー、お安い御用だ」

「私も大丈夫。……作戦とはいえ、千咲さんに怖い思いをさせちゃうのは、気が引けるけどね」

『気にせんといてください。うちも、覚悟はできとります』


 千咲さんの声は、力強い。


『父の歯止めが効かんようなったのは、大人しゅう従っとったうちにも非があります。せやけど、このままじゃうちも父も両方駄目になってまう。お互いのために、荒療治が必要やと思てます』


 前にネット記事か何かで読んだけど、DVは行き過ぎると、加害者と被害者の共依存に繋がることもあるらしい。

 手遅れになる前に、負の流れは早々に断ち切った方がいい。


「さぁ、久々の始末屋活動だ。張り切ってこうぜ、二人とも!」


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