初恋、玉砕、大殺界
「ほぇ?」
僕の言葉に、夏葉は咥えていた特大メンチカツを、紙袋の中に取り落とした。
今から1年前。4月の某日。高校に入学してすぐの頃。
その日、僕らは学校帰りに吉祥寺駅近くの商店街を訪れていた。
確か、夏葉が第二女バスで使うスポーツウェアを買うためだったと思う。
そこらへんの記憶が曖昧なのは、緊張でいっぱいいっぱいだったから。
僕はその日、積年の想いに決着をつけると決めていたのだ。
「ごめん、今何て?」
ベンチに座り、ポカンと聞き返す夏葉に、僕は再度想いをぶつける。
彼女がその意味を理解するのには、少しばかり時間がかかって。
「え? …………えええぇぇぇぇ~~~⁉」
それが告白だと気付いた瞬間、夏葉の顔はボボボボボッ! と一瞬で赤くなった。
「え、うそっ? だってトモ、ここ最近、ずっと私に対して素っ気なかったじゃないっ」
そこは男の不器用さと言いますか。
好意を悟られたくないクソガキ・プライドと言いますか。
そして。
緊張の限界から、ついその場で返事を迫ってしまった僕に、夏葉はこう言った。
「ごごご、ごめん。私、今までトモのことを、男の子として見たことがなかったから、その、いきなり言われて、びっくりしちゃって……!」
男の子として見たことがなかったから。
そのワードは、却下の意志の表れとして、僕の胸を貫いた。
だってそうでしょ?
男女のお付き合いを申し込んでるのに、そもそも異性として見られてないんだから。
あまりのショックに、引き続きゴニョゴニョ言ってる夏葉の声は、まったくもって耳に入って来なかった。
「だから、トモが好きじゃないとか、そういうわけじゃないんだよ? 幼馴染として、ちゃんと、好きは好きなの! でも、そういう感情なのかと言われると、今はまだよく分かんなくて……」
……その好きって、どのレベルの話?
真っ白な頭から、無意識に出た言葉だった。我ながら女々しいと思う。
その問いに、夏葉は熟れたトマトの様に真っ赤な顔で、お目目をぐるぐるにしつつ、答えた。
「え、あの、あのあの、その……えーと………………『焼きそば』?」
☆☆☆
「おーい、清瀬、清瀬ー? 午前の授業終わったわよー? もうお昼休みよー? いい加減起きなさいってばー」
ぺしぺしと頬を叩かれる感触に、僕は目を覚ました。
周りを見てみると、クラスメイトは机を移動させたり、昼食を広げたりしている。
「富士宮……僕、いつから寝てた?」
「四時限目が始まってから、50分丸々。しかもただ寝てたわけじゃなくて、直角座りのまま白目向いてたもんだから、先生も気味悪がって見てみぬフリしてたわよ」
それは気絶では……?
「一体どうしたのよ、あんた。朝っぱらからゾンビみたいな動きで登校してきたと思ったら、授業中に何度もトイレに籠るわ、挙句の果てに白目向いて寝るわ。変な病気にでもかかった? ……熱はなさそうだけど」
僕の額に手を当てながら、輝夜は言う。
どうやら、昨日の大爆死からはある程度立ち直ったらしい。
「いや、病気ではないから、そこは大丈夫。ていうか、原因は分かりきってる」
今日の僕の朝食は、紗雪お手製のワンプレート。
答えは、それで十分だろう?
料理の腕を上げるため、我が家の食事はしばらくの間、紗雪が用意することになっている。
神よ、僕が一体何をしたと言うんですか。
しかし、嫌な夢だった。
よりによって、去年の告白失敗の場面を追体験させられるなんて。
あれ以来、僕は『焼きそば』と聞くだけで体調が悪くなるほど、心に深い傷を負ってしまったんだ……。
いくら何でも大袈裟?
じゃあ、てめぇらは好きな女の子に『お前の価値は焼きそばレベル(※意訳)』なんて言われたことあんのかよ! アァンッ⁉
ハッ! 今、僕は誰に向かってキレたんだ?
沙雪の料理の毒素が、幻聴を生んだんだろうか。怖いなぁ、心の戸締りしとこ。
「……僕も学食行こうかな。購買には、もう大したもの残ってないだろうし」
本当はまだ胃が重たいけど、授業中に空腹になるよりはマシだろう。
家ではロクな食事が出ないだろうし、生命維持に必要な栄養は外で摂らないと。
あぁ~、胃に優しい物が食べたいな。学食にお粥とかないかしらん。
などと考えていると、教室の一角がにわかに騒がしくなった。
『やだ、何あの子かわいいー!』
『まじかよ、すげーレベル高けーじゃん!』
『あんな子うちの学年にいたっけ?』
『ほら、あれだよ。入学式で新入生代表挨拶したっていう……』
色めき立つクラスメイトの声に釣られ、教室の扉に目を向ける。
「失礼します。私、1年A組の清瀬沙雪と申します。兄の友春に届け物があるのですが、こちらにおりますでしょうか?」
お淑やかな笑みを浮かべ、手近なクラスメイトに尋ねていたのは、沙雪だった。
「あ、兄さん!」
僕を見つけ、笑顔を花咲かせながら手を振ってくる。
その楚々とした立ち振る舞いは、昨夜大股を開いて駄々をこねていたのと同一人物とは思えない。
……外面はいいんだよなぁ、こいつ。
呼び方も『お兄』ではなく『兄さん』だし、一人称まで違う。
「どうしたんだよ、サユ?」
「あのね、兄さんに忘れ物を届けに来たの」
はて、何だろうか。
教科書は基本置き勉してるし、スマホも財布もある。他に忘れ物といえば……。
「はい、愛妹弁当!」
イヤァァァァァァァァァァ‼
紗雪が笑顔で差し出したのは、弁当箱の入った巾着袋だった。
いやいや、ちょっと待って、何かどす黒いオーラ漏れてるんですけどぉ⁉
チクショウ! お昼は! お昼の時間だけは! まともな食事が摂れると思ってたのに!
バッチリ逃げ道塞いできやがりましたよ、コンニャローは! 救いはないんですかぁ⁉
「いや、悪いんだけど、今日は学食の気分っていうか……」
「いやいや、そんなこと言わずに。兄さんのために一生懸命作ったんだよ?」
「いやいやいや、本当、マジで結構なんで、お引き取りください」
「いやいやいやいや」
互いに全体重を掛け、巾着袋を押し付け合う。
クソっ、こいつ意外と力強え! 昔は軽い運動もできなかったのに、立派になったもんだ! 兄はとても嬉しいです!
しかし、ここはジェンダーをフルに活用して勝たせてもらうぞぅ!
と、僕が全力で押し返そうとしたところで、紗雪は不意に身を引いた。
「私、何か気に障る様なことしたかな? 私はただ、兄さんに美味しいご飯を食べて欲しくて、ただそれだけで……確かに兄さんほどお料理上手なわけじゃないけど、それでも私なりに頑張って……」
巾着袋を胸に抱いた紗雪の目に、涙が溜まっていく。
「でも、そうだよね。高校生にもなって妹とべったりなんて思われたら恥ずかしいもんね。ごめんね兄さん、そこまで気が回らなくて……」
瞳を潤ませながら、妙にはっきりとした声音で、教室中に響き渡る様に言う紗雪。
こ、こいつ……!
力で敵わないと見るや、泣き落としにシフトしやがった!
さめざめと泣く(ぜってー嘘泣きだけど)紗雪に同情したクラスメイトたちの冷たい視線が、背中に突き刺さる。
彼らの目には、僕の行為は『兄離れできず、健気に世話を焼いてくる妹の好意を無碍にする』ものに見えていることだろう。
実際背後からは『清瀬サイテー』と罵る女子グループの声や、
『おいおい、清瀬
『どうする、兄者。処す? 処す?』
『確か校舎裏に使われてない焼却炉があったよな』
『ちょうどいいや。処分したい小テストがあるから、紙薪にしようぜ』
という男子グループの物騒なやり取りも聞こえてきている。
とりあえず、通販のカートに入れてあるバールとスタンガンは、後でポチっておこう。
しなきゃダメでしょ、自己防衛。
「……分かったよ。受け取ればいいんだろ、受け取れば」
ここまで外堀を埋められては、負けを認める他ない。
「いいの? ありがとう、兄さん!」
無邪気な笑みを浮かべる紗雪の口元が、一瞬邪悪に歪んだのを、僕は見逃さない。
「それじゃあ、あとで(毒見の)感想聞かせてね! バイバイ!」
最後の最後まで健気な妹の皮を被ったまま、紗雪は教室を後にする。
その後、自分の席に戻った僕の元に、クラスの男子数人が寄って来た。
噂の美少女のお手製弁当がどんなものか、一目見てみたいのだろう。
だが、紗雪の料理が見た目からして既にヤバいのは、先述の通りだ。
周囲に中身を見られない様に配慮しつつ、弁当箱の蓋をそっと開ける。
かつて 『殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺』
食材と 『死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死』
呼ばれた『憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎』
ものたち『怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨』
そして、速攻で蓋を閉じた。
あー、駄目だ。耳の奥で正気が削れる音がする。
まるで食材の悲鳴が聞こえる様な『コロシテ……コロシテ……』って、本当に聞こえたぁ⁉
『おい、何隠してるんだよ清瀬―』
『独り占めしようたってそうはいかないぞー』
『そうだそうだー。美人妹のお手製弁当、俺らにも一口分けてくれよー』
餌を求める雛鳥の如く、ピーチクパーチクうるさい級友たち。
その中の一人が、購買の袋を差し出す。
『頼むよ清瀬―。ほら、焼きそばパンやるから』
『あ、バカ……!』
「何が『焼きそば』じゃ、張っ倒すぞゴラァァァッ!」
『うわぁ、しまったー!』
禁断のワードを耳にして暴れ始めた僕を、男子たちが取り押さえにかかる。
結局その騒ぎのせいで、弁当の件はうやむやになった。
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