勇者の箱
@kuramori002
勇者の箱
『勇者の箱』とそれは呼ばれていた。
昔々のこと。
異界から来た勇者が、全能の神のごとき力で魔王を倒した―――と伝えられている。
その勇者が自らの世界に帰るにあたり、王国に残していったのが、ひとつの箱であった。
小さな衣装箱ぐらいの大きさのなんの変哲もない木箱である。
ただし、魔術により封が施されている。
「これの封印解けと―――そうおっしゃるのですか?」
私は王に訊ねた。
初めて目にした『勇者の箱』に私はやや面食らっている。これは。これは―――なぜ。
「ああ、解いて貰わねばなるまい。今や蘇った魔王の軍勢は世界を制圧しつつある。今こそ、伝説の勇者の力を借りるときがきたのだ」
「我が王よ、ひとつお尋ねしたい」
思い切って口にする。
「なんだ?」
「中に何が入っているとお思いですか? 市井に伝わる御伽話では、『勇者の箱』の中身は、伝わる地域や写本の書き手によってバラバラです」
「……王家に伝わる話では、『勇者が神より与えられた伝説の武具』が入っていると言われている。それはひと振りで山を薙ぎ、海を割るという。魔王に対抗するため、今こそ必要なものだ。
―――しかし、なぜお前はそんな事を訊く?」
王が顔をしかめる。
「まさか、解けないとは言うまいな、お前こそが解呪魔術研究者の筆頭だと、そう聞いているが」
その物言いに、王たる者の圧を感じる。
しかし、この王ですら魔王には怖気づいているのだ。
私はツバを飲む。
伝えねばならない。
「解けないなどということはありません。むしろ……簡単過ぎるぐらいです。学院を卒業したての我が弟子たちでも半数は解呪できるでしょう」
「なんだと!? そんなはずはッ! それでは―――」
聡明な王である。みなまで言わなくても理解したようだ。
勇者が重要なものを入れた箱の封印が、厳重でないはずがない。
即ち―――
「それでは、この箱の中身は些末な物だということになってしまう。先祖代々、受け継いできたものが、そんな……。
待て、封印は古いものだ。劣化したということはないのか?」
「おそれながら、そのような状態だった場合、私には判別がつきます」
「ううむ……では―――。いや、悩んでも仕方がない。もう良い。開けることは決めたのだ。開けよ」
「かしこまりました。念の為、少しお下がりを」
王が箱から数歩離れたのを確認して、私は目の前の箱に杖を振るった。
箱が淡く輝き、次いで、それを構成していた木板が崩れていく。魔術によって保たれていたものが失われたのだ。
「ぶ、武具ではないか! 剣と盾だ!」
王が箱の中から現れたものに駆け寄る。
しかし。
しかし、歓喜の表情は長くは続かなかった。
「魔術の素養のない我にもわかる。これは、素晴らしい逸品ではあるが、神より与えられた神具ではない。単なる、人の手によるものだ」
「ええ、そのようです。どうして、勇者はこんなものを……」
私は王の傍らでうなだれた。
―――と、ふと目が盾の下にあった羊皮紙を捉えた。
破らないように注意してそれを取り出す。
「なんだ、それは」
折りたたまれたそれを開く。
「―――手紙です。伝説の勇者からの」
※
あの日から、またたく間に数年の月日が流れた。
「魔術大隊、展開完了しました。予定通り、魔王城の背後に教会騎士たちの精鋭が潜んでいます」
報告を聞きながら、あの手紙のことを思う。
「分かった。では、王の号令を待て」
「は!」
私は研究室ではなく、魔王軍との戦いに身を置いていた。
手紙には、こう書かれていた。
「俺は、噂にあるように、異界から来たわけでも、神から武具や特別な技能を与えられたわけでもない。
この世界で産まれ、育ち、研鑽し、勇気を持ち、仲間達に助けられ、そうして魔王を倒したのだ。
噂は何度も否定したが、『魔王を倒す偉業を成した者が常の者のはずがない』と信じて貰えなかった。
俺がなにか他の者と違うとしたら、まさにそこだろう。
つまり、俺は『魔王を倒せない』と思ったことはない。果てしない積み重ねの先に、必ず成せると信じていた。それだけだ。
箱を開け、この手紙を読んでいるということは、何かしらの危機が貴方達に迫っているのだろう。
俺から貴方達に渡せるものはひとつだけだ。
俺はできた。だから、貴方達もできるはずだ。
己を信じる勇気を持て。
そうすれば、貴方達こそが勇者である」
精悍な表情の王の姿が、魔術により空に浮かび上がる。その手には、勇者の箱の中にあった剣がある。
「我が兵士、我が同胞達よ! 遂にこの時が来た。今日こそ、我らの手で魔王を弑し、平和を取り戻す!」
さあ、いよいよだ。
「己を信じろ! 皆で伝説に残る勇者になるのだ!」
大きな鬨の声が、幾重にも響き渡った。
勇者の箱 @kuramori002
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