3-12

 連続で斬りかかるミツネの太刀筋をクシミは飄々と躱していく。両手には小型の拳銃を持ち、時折ミツネの顔めがけて発砲するが、それも髪を軽くかすめる程度で当たらない。

 後ろから莉葉が斧を振るうと、クシミはまるで背後が見えているかのように身体を捻る。そのまま身を低くして足を攫うと、宙に浮いた彼女をはたいて横に突き飛ばす。

「あまりこうして前線に出るタイプじゃないんだけどね」

 どこかこの状況を楽しんでいるかのような口ぶりのクシミはまだかなり余裕のある様子だった。ミツネは強引に間合いを詰めて刃を突き立てるが、足元に放たれた弾丸に身体を止められ、その隙にクシミは後ろに飛び去って距離を取る。

「ボクの能力はしっかり対策済ってわけだ」

 ミツネたちは事前に滝川からクシミの能力について説明を受けていた。

 ――目を合わせたら終わりだと思った方がいい。

 滝川の推測では、クシミの能力は特定範囲内で目を合わせることにより、相手に何らかの幻覚を見せるというものだった。幻覚を見たものは突然発狂したり、逆に安らかに眠って目を覚まさなくなったりしてしまう。彼女はそういった仲間たちを何度も目にしてきており、その推測はおおむね正しかった。

 その対策として、ミツネたちは視線を地面に向け、クシミの目を見ないように戦っていた。そのせいで下半身の動きだけで相手の動き方を大まかに予測できるミツネはともかく、莉葉はクシミの攻撃を察知できずに苦戦していた。

 付かず離れずの絶妙な距離のまま、互いに牽制し合うだけの時間が続く。二対一な分、手数は圧倒的にミツネたちが有利だったが、なかなか決定打を与えることができない。

 このままでは埒が明かないと考え、ミツネは攻撃に緩急をつけ、リズムを崩して戦う。あえて攻撃を止めたかと思うと、今度は全速力で刀を振り下ろす。そこに横槍を入れるように莉葉がアクセントとなる攻撃が繰り出すことで、クシミに対して一瞬ごとに間違えられない選択を迫っていく。

 すると徐々に余裕のあったクシミの防勢にも綻びが見え始めた。ミツネの刃が彼の頬を斬り裂き、赤い血が静かに滴る。莉葉の斧が右手を弾いて、持っていた銃が勢いよく地面に投げ出される。

 ――行ける……!

 少しずつではあるが、確実にクシミを追い込んでいた。彼自身が語った通り、物理戦闘は彼の得意とするものではなく、本来莉葉一人にも劣る能力である。その差を「目を合わせられない」という制限によって補っていたが、二人がかりでなら押し切ることができる。

 莉葉が懐に入って斧を振るう刹那、ミツネはそこに小さな隙を見つけた。制止した時間の中でクシミの行動を予測し、自分の刃が届く太刀筋を見極める。そして再び動き出そうとした瞬間、ほんのわずかに遅れて、彼は読み切れていなかったある可能性を見つけた。

「莉葉、目を瞑るんだ!」

 咄嗟に慌てて声を上げるが、間一髪で間に合わなかった。

 クシミが閉じていた右手を開くと、そこから血と体液がまとわりついた眼球が現れる。自らの眼球を抉り取り、こっそりと拳の中に忍ばせていたのだった。その不気味な視線に捉えられた莉葉は、まるで麻酔を受けたかのように身体をだらけさせてその場に倒れ込む。

「しまっ……」

 ミツネは思わず莉葉の方に目を向け、すぐさまそれが過ちであることに気付く。

「おやすみ」

 その視線上に飛び込んできたクシミは残っている左目でミツネを見据える。ミツネは不敵に笑うクシミの顔を見つめながら、ゆっくりと意識が遠のいていくのを感じた。

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