3-2

「困ったな。これは予想外だ」

 ミツネたちは地図に従って、無事に『研究所』まで辿り着いた。しかし今はその目的地を目の前にしながら、草むらに隠れて遠目からその建物を観察している。

「……まだ稼働してるってことだよね?」

 まるで森に隠されるように、木々に覆われてひっそりと佇む平べったい円柱状の建物。『マチ』ほど巨大ではないが、それなりの広さがありそうだった。

 建物を取り囲むように高い壁が設置されていて、その入口には周囲に目を光らせる警備ロボットが二体。身長は二メートルほどで、深緑色の積み木を繋げたような無骨な見た目をしており、手には物騒なマシンガンを構えている。間違っても来客を受け付けているような雰囲気ではなかった。

 外観は妙に小綺麗で、人の手で管理されているのが明らかだった。疎らについた窓はすりガラスになっているため、中の様子は窺い知れないが、そのうちのいくつかは明かりが漏れ出て光っているように見える。警備ロボットが稼働していることなども踏まえて考えると、人が中にいる可能性はかなり高そうだった。

「さて、どうするか……」

「素直に入口の前まで行って開けてくださいって言えば、案外入れてもらえるかもよ?」

「あんな物騒な奴らが立ってるのに?」

 ニシナはロボットを後ろ手に指差しながら苦笑いする。

「流石に人をいきなり撃ってくることはないでしょ」

 いずれにしてもこのまま動かなくては埒が明かないということで、ミツネの希望的観測を信じることにした。警備ロボットを注視しながら、木々の隙間に隠れて慎重に入口の方へ向かっていく。

 入口まで残り数メートルまで迫ったところで一度足を止める。そこから先は森が途切れ、少し開けた空間が広がっていた。建物に近付くにはどうしてもそのロボットたちの前に姿を晒すしかないようだった。

「よし、行くぞ」

 敵意がないことを示すために両手を挙げて、ゆっくりと入口の前に出る。

「すみません! 僕たちは旅をしているのですが、道に迷ってしまったようでして……。食糧も尽きかけてしまっているので、中に入れていただいて、少し物資を分けてもらえないでしょうか?」

 ミツネが機転を利かせてそれらしい嘘を吐いた。唐突な彼の行動を横目に、ニシナと莉葉は思わず顔を見合わせる。こういうことを悪気もなく平気な顔をしてできるのが、彼の強みであり恐ろしい部分でもあった。

 一瞬間が開いて、入口の両脇に立つロボットたちが静かに彼らの方に顔を向ける。

 そして、顔の中心についた赤い光と目が合った瞬間――。

「ほら、言わんこっちゃねえ!」

 警備ロボットは素早く銃を構えると、そのまま三人に向かって容赦なく発砲した。

 三人は散り散りになって弾を避けながら、一気に脳を戦闘モードへと切り替える。戦うことは本意ではなかったが、明らかに敵意を持った相手に対してそうは言っていられない。

 絶え間なく銃弾の雨が降り注ぐが、それらは木の幹や地面を抉り取るばかりで、ミツネたちにはかすり傷一つ付けられない。現代においては珍しい銃火器、かつ高火力のマシンガンだったが、使用するロボットたちの動きが一辺倒なため、彼らにとってはさほど驚異ではなかった。

「やるしかないみたいね」

 最初に動いたのは莉葉だった。腰を落として勢いよく地面を蹴る。銃弾を躱し、あるいは身体の前に構えた戦斧で撥ね除けて、一瞬にして敵との間合いを詰めて懐へと入り込んだ。そして彼女の斧が薙ぎ払うようにロボットの横腹を捉えると、その身体が綺麗に上下に分かれて崩れ落ちていく。

 それに気付いたもう一体がすかさず銃口を莉葉の方に向ける。

 しかし、彼女の後ろで指を銃のようにして構えていたニシナが一息先に空気の弾丸を放つ。その弾が綺麗に銃口の中に収まると、引き金が引かれると同時に行き場を失った火薬のエネルギーが内部で暴発する。風船が弾けるように銃が粉々に砕け散り、それを握っていたロボット腕を巻き込んで吹き飛んだ。

 爆風を受けてのけぞる身体に覆い被さるように乗り上げると、ミツネはそのまま両手で握った刀で頭部を貫く。腕と頭を失ったロボットは重力に従って仰向けに倒れ、焦げ臭い煙を上げながら沈黙した。

 ミツネは警備ロボットたちが完全に機能を停止しているかどうか確認しつつ、周囲に対しての警戒を強める。この戦闘で異変を察知して、応援がやってくるかもしれない。この施設が持つ戦力がわからない以上、今一番避けたいのは敵に先手を取られることだった。

 すると、唐突に閉ざされていた防壁の入口が開き始めた。地面を引きずる大袈裟な音を立てて、こちらをじらすようにゆっくりと動いていく。ミツネたちはそれをじっと見つめながら、いつでも動き出せるように身構える。

 ガチャン、と大きな音がして扉が止まる。扉が開き切っても、何かが起こる気配はなかった。それどころか、壁の先に見える『研究所』の入口までもが開かれている。

「どうやら歓迎されてるみたいだな」

 ニシナがそのぽかんと開いた入口を見て、冗談っぽく呟く。

 当然罠である可能性も高かったが、それは考えても仕方のないことだった。相手に存在を把握されて隠密行動を取る意味もなくなったので、むしろこうして正面から堂々と入ることができるのは好都合だと言える。

 三人が建物の中に入ると、彼らを閉じ込めるように扉が閉まる。カメラは確認できなかったが、こちらの行動を監視している人物がいるのは間違いなさそうだった。それはこの場所に人がいるという吉報ではあったが、友好的な相手かどうかわからない今の状況では素直に喜ぶことはできない。

「ともかく進んでみよう」

 真っ直ぐ伸びる廊下の左右に白いライトが浮かび上がり、まるで彼らを先導するかのように、青い光がその上を等間隔で流れていく。

 建物の中はさほど広くない無機質な廊下が迷路のように張り巡らされていた。三人は青い光に誘われるがまま奥へと進む。

 ところどころに扉が設置されているが、どれもロックがかかっていて開けることはできなかった。人の気配はまるでなく、それどころかロボットさえも見かけない。ただただ洗練された旧現代の雰囲気と異様な清潔感で満ちた空間が続き、その非現実的な空間にある種の不気味さを覚える。

「ここみたいだね」

 しばらく歩いて辿り着いたのは、廊下の突き当りにある部屋の前だった。そこまでに見てきたのと何ら変わり映えのしない扉が鎮座している。流れる青い光はその先に吸い込まれていくので、この先が迷路のゴールなようだった。

 ミツネが扉に手をかけようとすると、それを見計らったように勝手に扉が開く。

「やあ、久しぶり」

 そう言って部屋の中から出迎えたのは、頬杖をついて椅子に座る小柄な少年だった。

「よかった、無事だったんだね……!」

 ミツネはその顔を見るなり、嬉しそうに声を上げて駆け寄る。

「もしかして、この人が……?」

「そう。彼はクシミ。僕やニシナと一緒に施設で育った仲間の一人だよ」

 初対面のクシミと莉葉に、軽くお互いのことを紹介する。

「それにしても、中にいたなら出てきてくれればよかったのに」

「せっかくなら少しサプライズ感があった方がいいかと思ってね。あえてここで出迎えさせてもらうことにしたよ」

 昔からクシミは根っからの末っ子気質で可愛がられていたが、悪戯好きで少し生意気なところがあった。ニヤニヤと悪い笑顔を浮かべる彼を見て、ミツネはそんな彼に振り回された過去を懐かしく蘇ってきた。

「入口のロボットにはずいぶんな仕打ちを受けたんだが、それもサプライズか?」

「すまないね。基本的に怪しい侵入者は自動で撃退するようになっているから、ボクも気付かなかったんだ。でもこっちだって貴重なロボットを二体も破壊されたわけだし、ここは痛み分けということにしようじゃないか」

 嫌味っぽく言った言葉を飄々と返されて、ニシナは呆れ顔で苦笑いする。

「他のみんなとは会ったりした?」

「いや、ここへ来たのは君たちが初めてさ」

 話を聞くと、クシミはちょうど一年ほど前にここで目を覚ましたようだった。幸いなことに、この場所は電源も設備もほぼ完全な状態で生き残っていて、研究員たち(正確にはその子孫)が暮らしていたため、そのまま彼もここに住み続けているらしい。

「とりあえず部屋を用意するから今日は泊まっていきなよ。積もる話は夕食を摂りながらでもゆっくり」

 その言葉に甘えることにして、まずは部屋に荷物を置かせもらって着替えてくることにした。さっきまでにすっかり戦闘モードだったこともあり、武器をむき出しにした物騒な恰好で、しかも服は土や泥でかなり汚れている。とても再会を喜ぶような状態ではなかった。

 どうやらこの中にはシャワーや風呂もあるらしく、それも自由に使っていいということだった。この世界では貴重な衣食住すべて完璧に揃った空間に、ミツネは感謝と喜びで思わず拝むように手を合わせる。

「ありがとう。それじゃ、またあとで」

 こうしてミツネたちは一度クシミに別れを告げ、その部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る