2-9
サクロウの急襲のあと、ミツネたちはしばらくそのまま町に逗留し、復興作業を手伝った。建物の崩壊がひどく、人的被害も大きかったため、人手はいくらあっても足りないような状況だった。
元々はすぐに町を出るつもりだったミツネたちだったが、莉葉が町の人々の力になりたいと言うので、二人もそれに付き合うことにした。
「正直ちょっと意外だった」
この町の人々にとって、『魔女の娘』である莉葉は畏怖の対象だった。加えて今となっては、町を荒らした怪物の娘でもある。実際に町を歩いていると、異様な視線を感じることも多かった。
もちろん彼女の中で、父が犯した罪に対する贖罪の意味もあった。しかし、それ以上に彼女を駆り立てていたのは、母がこの町を愛していたことが大きかった。
楓はサクロウとともに生きることを選び、故郷の町を捨てる選択をしたが、そのあともずっとこの町を愛していた。ことあるごとに町で過ごした思い出を語りながら、時折遠い目で窓の外を見つめていることがあった。
「たぶん本当はこの町でずっと暮らし続けたかったんだと思う」
町での生活とサクロウとの生活。二つを天秤にかけ、仕方なく後者を選んだが、本当はどちらも捨てがたいものだった。決して町に住みたいということを口には出さなかったが、それはサクロウへの配慮によるもので、莉葉はその隠された想いを感じ取っていた。
「それに、私も好きなの。活気があるこの町が」
そう言って少し照れ臭そうにはにかみながら笑った。
それから一週間ほどが経過し、町も徐々に日常を取り戻してきたところで、三人はようやく出発することにした。最後に、莉葉たちが暮らしていた家の庭に作った楓とサクロウの墓にやってきて、別れの挨拶を交わす。
「この終わり方が正しかったのか、正直言って不安になる。化け物になって生きているあの人は、それはそれで幸せだったのかもしれないし、お母さんも何も本当に殺してしまいたいとは思っていなかったかもしれない。そうでなくても、殺すんじゃなくて、あの人を助ける方法を探そうとする方が健全だったんじゃないか。勝手に分かった気になって、諦めて、結局自分が楽になるための終わり方だった」
長い間手を合わせたあと、莉葉はずっと言わないように努めていた弱音をこぼした。
実際、サクロウを救う方法は他になかった。同じ血が流れている者として、一度化け物になってしまえば元には戻れないことも、化け物になってしまう苦しみも直感的に理解していた。
そもそも彼を野放しにしておけば、少なからず人的被害が出てしまう。ヒトデナシは現代の人間にとって、もはや病以上の脅威だった。そんな相手に個人的な想いで情けをかけることは、人間社会への反逆行為だと言っても差し支えない。
だから彼女の選択は正しかった。彼女自身も理解はしていたが、それでも何か救う手立てがあったのではないかと思わずにはいられない。
「……それは僕たちにもわからないし、きっと正解はないことなんだと思う」
ミツネは莉葉の横にしゃがむと、お墓に手を合わせながら答える。
「誰かのためとか、そういうことを言っても、結局は人が行動するときは自己満足でしかない。その人を想ってしたことがその人のためにならないこともあるし、逆も然りだ」
「でも自己満足だったというなら、私は父や母とどう折り合いをつけていけばいいの……」
「折り合いなんてつかねえよ。ずっと自分のしたことを後悔して、それでも生きていくしかない」
墓の前にそっと花を置くと、ニシナは立ったまま手を合わせる。
「そうだね。きっと僕たちにできることは、とにかく必死に生きていくことだけだ。君のお父さんの分も」
「……そうね」
そのまましばらくの間、三人は目を瞑って静かに拝んだ。各々思うことはたくさんあったが、誰もそれ以上口に出そうとはせず、ただじっと自分自身の心と向き合う。
そなえた花が風に揺られ、花びらがひらりと宙に舞った。眩い空の青さに目を細めながら、莉葉は空高く吸い込まれていくそれが見えなくなるまで眺め続ける。きっと遠いどこかで父と母が幸せに暮らしているだろうと、自己満足な空想を思い浮かべながら。
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