2-6

「さてと、どうするかな……」

 何とか瓦礫を逃れたニシナが服についた土埃を払いながら立ち上がる。ミツネと莉葉も集まってきて、三人で改めて体勢を立て直して大ダコに向かう。先ほどまで暴れていた大ダコは落ち着いている様子だったが、警戒するように黒々とした瞳が真っ直ぐ彼らを見据えていた。

「さっき崩れたところを見てわかったんだけど、このトンネルは天井が二重になってる。たぶん何かしらの理由で、天井の上はすぐに岩盤があるわけじゃなくて、何もない空間があるんだ」

「確かに、あそこも天井が落ちたところが穴になっていて、奥に空間が見える」

「二重天井の一枚目が崩れただけだったから、トンネル自体は形を保ったままで、俺たちも何とか助かったってわけか」

「そう。そしてさっき暴れた勢いで、あのタコの頭も一枚目の天井を突き破ってしまったみたいなんだ」

 ミツネの言う通り、大ダコの頭は天井に空いた穴にすっぽりとはまっていた。

「ちょうど隠れていた弱点の眉間も、あの穴の中に収まってる。ということは、わざわざ顔をこちらに向けさせなくても、天井の上の空間からならそこを狙えるんじゃないかな」

「でもあのタコ結構用心深いぞ。上に行くのがバレたら、たぶんそっちを優先して攻撃してくる」

 それは目隠し兼足場として使える一枚目の天井が残っているからこそ成立する作戦だった。もしまた大ダコが暴れ出し、天井が完全に崩れてしまっては詰みだった。そう考えるとチャンスは一度きり。失敗は許されないため、確実に隙を作る必要がある。

「だったら、逆に連れていってもらうのはどう?」

 莉葉は名案を思い付いたといったように言う。

「あいつはさっきこっちを追い払うような攻撃ばかりしてきていた。懐に入られると対処がしづらいから、自分の足が当たりやすい距離感を保とうとしてるんだと思う。だから、その攻撃を受けて飛ばされたふりをして、そのまま天井に上がることができれば、警戒されずに近付けるんじゃない?」

「つまり、わざと吹き飛ばされろってこと……?」

 かなり突飛で強引な作戦に、ミツネは思わず引いてしまう。いなすのもやっとだったあの攻撃をわざと受け、無傷で天井に飛び上がることなどできるとは思えなかった。

「そうなると、その役はお前しかいねえか」

「ええ。好機を掴める可能性が高いのはミツネだわ」

「え、僕……?」

 実際ミツネの能力があれば、攻撃が来てから行動の判断ができるため、あえてそれを受けるという選択肢を取りやすい。近接戦闘が不得手なニシナとまだ戦闘経験の浅い莉葉と比べると、明らかに彼が適任だった。

「しょうがない。やってみるよ……」

 元々は自分で提案した作戦ということもあり、ミツネは潔くその役割を受け入れる。

「私とニシナで足三本を相手するから、ミツネは残りの一本を上手く誘導して吹き飛ばされて」

 松明を程よいところに立てて明かりを確保しつつ、再び三人で一斉に大ダコの方へと向かっていく。静かだった大ダコもすぐさまそれに反応し、案の定自分の元に寄せ付けまいと足を振り回して攻撃してきた。

 ミツネは頭上にある穴の位置を確認しながら、目の前の足をいなして、ちょうどいい角度で飛び込んでくる攻撃を待つ。ニシナと莉葉もあえて防戦に終始することによって、上手く均衡状態を保っている。

「ミツネ、まだか!?」

 しばらくその攻防が続いて、痺れを切らしたニシナが少し苛立った声を上げる。しかしミツネはまだ好機を見つけられずにいた。時間だけが過ぎて、じりじりと三人の体力が奪われていく。

「……クッ!」

 そんな中で最初に均衡が崩れたのは莉葉だった。剣を構えようと足を踏み出した瞬間、先ほど怪我をした右足に激痛が走り、バランスを崩して倒れ込む。

「大丈夫か!?」

 隣にいたニシナがそれに気付いて近寄ろうとするが、それを阻むように足が矢継ぎ早に振り下ろされる。ミツネもその様子を横目に見つつも、目の前の足への対処に追われてその場を動くことができない。

 その隙を見逃すまいというように、フリーになっていた足が慌てて立ち上がろうとする莉葉の元に真っ直ぐ迫ってくる。

 もうダメだと諦めかけた瞬間、大きな影が覆いかぶさるように彼女の視界を遮った。

「どうして……」

 そこには大剣を両手で抱えて大ダコの足を受け止める篠原の姿があった。

「人を助けるのに理由なんかいらねえんだろ?」

 彼は前を向いたまま、わざとつまらなそうにそう言った。

「そうね。そうだった」

 その背中を見つめながら、少しおかしそうに笑うと、莉葉は右足を少し引きずりながら立ち上がる。

「来た! ここだ……!」

 ちょうどそのタイミングでミツネが絶妙な角度で放たれた攻撃を掴んだ。直撃を避けながら上手くその攻撃を利用して空中に飛び上がると、そのまま崩れ落ちた穴に潜り込む。

「行け!」

 真っ暗な中をぼんやりと浮かぶ大ダコの頭に向かって駆け出す。そしてついにその頭を目の前にすると、ちょうど天井の上に飛び出した眉間をめがけて剣を深々と突き立てる。

 急所を刺された大ダコは苦しむようにバタバタと暴れ出す。しかしその最後の抵抗も長くは続かず、しばらくするとぐったりと力なく足を投げ出して動かなくなり、茶色い体躯が生気を失うように白く変色していった。

「お疲れ」

 天井の上から降りてきたミツネに、ニシナが肩を軽く叩いて労う。

「何とかなったね……」

 地面に突っ伏したタコを乗り越えると、ようやくその巨大な体躯に隠されていたトンネルの先が露わになる。出口と思しき小さな光が奥の方から差し込んでいて、まるでミツネたちを出迎えるように輝いていた。

「行こう。あとは薬草を持って帰るだけだ」

 そのまま先を進み、無事にトンネルを抜ける。そこは鬱蒼と生い茂る木々に覆われ、地面には苔むした舗装路が辛うじて残されていた。少し小高いところに出たようで、ちょうど木々の合間から綺麗な眺望が覗いている。

 そこからは事前に聞いていた道順に従っていくと、難なく森の中にある薬草畑を見つけることができた。四人で抱えきれるだけの薬草を摘んで、来た道を戻って森を出る頃には、日が暮れかかって空が赤く染まっていた。

「ありがとう。本当に助かったよ。君たちはこの町の恩人だ」

 薬草を届け終えて、約束通りに報酬をもらう。それは確かにかなりの金額だったが、目当ての斧を買うには少しだけ足りなかった。

「明日また他の仕事を探さないとね」

「……こんなことまで付き合わせてしまってごめんなさい」

「いや、それは全然。僕たちとしても乗りかかった船だしね」

 この狭い町でそうたくさん仕事があるとは思えないが、外から物資を拾ってきて売るなど、金を稼ぐ方法はいくらでもある。残りはそこまで大きな金額でもないので、数日あれば目標額を達成できそうだった。

 ともかく今日は疲労も溜まっているので、考えるのは明日にして、一旦宿を探して休むことにした。

「おい、ちょっと待てよ」

 ミツネたちがその場を立ち去ろうとしたところで、突然篠原が呼び止めるように声を上げた。

「なんだよ。まだ用があんのか?」

 ニシナが明らかに苛立った様子で振り返る。未だに最初の態度を根に持っているのか、彼のことが気に入らないようだった。眉間に皺を寄せながら、喧嘩腰のまなざしでガンを飛ばす。

「これ持ってけ」

 一触即発の空気かに思われたが、篠原は落ち着いた低い声でそう言って小さな巾着袋を差し出した。

「金が足りないんだろ? たいした額じゃないが、多少は足しになる」

 その巾着を開くと、中にはお金が入っていた。それは依頼で得た報酬には及ばないものの、その不足分を補うには十分すぎるほどの金額だった。

「どうして……」

 少し前まではミツネたちを疎ましがるようなことを口にしていたというのに、あまりに唐突な手のひら返しの行動に、ミツネは何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。不審に思いながら篠原の顔を見ると、彼は気まずそうに顔を逸らす。

「……感謝してんだよ」

 篠原は照れ臭さを隠すために、あえてぶっきらぼうな口調で言う。

「お前たちがいなければ、家族は助からなかったかもしれねえ。だからその礼だ」

「いや、僕たちは受けた依頼をこなしただけで……」

「ともかくこれで貸し借りはチャラだ」

 ミツネたちの言葉を遮るように背中を向けて、強引に話を断ち切る。

「じゃあな。お前らみたいなのには、もう二度と会わないことを祈るぜ」

 そんな風に憎まれ口を口にしながら、ひらひらと手を振って去っていった。

「いいじゃねえか。もらえるものはもらっとこうぜ」

 ニシナは吞気にそう言って、頬を緩ませながら巾着の中の金貨を一枚ずつ数えている。

「でも正式な依頼料は別でもらってるわけだし……」

「いえ、ニシナの言う通り、ここは潔くもらっておきましょう。きっとこれは彼なりの色んなことに対するケジメなんだと思う」

 莉葉にもそう説得され、ミツネは渋々そのお金を受け取ることに納得した。

「何はともあれ、これで金は準備できたな」

 思わぬ遠回りをすることになったが、ようやく莉葉の武器を手に入れるというこの町に来た目的を達成することができる。結果的には人の役に立ってお金を得たので、気持ちよく買い物ができそうだった。

「それじゃあ、遅くならないうちに平岡さんのところに寄っていきましょう」

 ミツネたちはその足で平岡の店に向かった。

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