カレンダーをめくって

@guest15532

カレンダーをめくって

忙しない日々に捲れていったカレンダーが積み重なっていく合間。ふと外の景色を眺めると思い出すことがある。あれは僕が海外にいたときのことだ。


南アジア。比較的裕福ではない国が多い中でも、その国は特に貧しかった。そんな国の田舎に僕はいた。私的な用事ではなく、仕事のためだ。


仕事場と宿舎は隣接しており、その周りは高い塀で囲われていた。治安を考えれば、当然のことであると思う。だから僕は、塀の外がどんな場所であるかもいまいちわからないまま、うだるような熱さ、昼過ぎにくるスコール、お世辞にもきれいとはいえない宿舎にアジア特有の気配を感じていた。


宿舎と仕事場の往復の日々を繰り返し、半年ほど経った頃だったと思う。その頃には短い冬にさしかかっていて、昼の湿気が夜露となり、朝には霧となって自分の手元すら霞んでしまう、そんな頃合いだった。仕事仲間数人で許可を取り、首都へと観光に行くことになったのだ。


首都へは車で約2時間。舗装もままならない道路。揺られる車にこの国の経済力を感じながら、霧深い窓の向こうに目を落とすと背の高い木々の影が見えた。スコールへの対策か道路の外側が低くなっているようで、その足下は見えなかった。

しばらくすると霧が薄くなり、沿道にぽつぽつと建物があることに気づいた。およそ家と呼ぶにはお粗末な建物。その前には何をするでもなく、所在なさげに虚空を見つめて立っている人が多くいた。

--彼らは一体何をしているのだろう

誰かと話している様子も、なにかを待っている様子でもない。自身の乗る車の走行音だけが響く靄がかかった景色の中。人々がただ立ち尽くす光景に異様さを感じた。


首都が近づくにつれ、次第に音と人が増えていった。渋滞をなす車、脇をすり抜けるバイク、鳴り止まぬクラクション。一度信号で止まれば、様々な人が車に近付いてくる。物売りの少年。物乞いの女。沿道には屋台がひしめき、少しでも多く稼ごうと売り主が声を張っている。それらの喧騒が混沌とした調和をもたらし、途上国独特の雰囲気を形成していた。当然そのような場所には所在なき人はいない。皆が皆、何かを追い求めるよう、忙しなく動き回っていた。


しかし今になって僕は思う。あの首都にいた人々は、皆自ら選び怱忙の道を歩んでいたのだろうか。

おそらく最初はそのような人が集まり首都という場所が形成されたのだと思う。しかし時が経てばどうだろう。肥大した街の体躯。拡大しすぎた社会。その中に置かれる自身の生活。それらを維持するために、惰性的に人々はその身を粉にしていないだろうか。


そう考えた時、過ぎ去った日々のどれだけを僕は街に急かされずに過ごせていただろうかと思う。これから先、僕は僕としての時間をどれだけ過ごせるだろうかと。そして今、僕は自身の手でカレンダーを捲れているだろうか。かの国で所在なさげに立ち尽くしていた人々を思い返す。


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