フライバイ
楸
Flyby
◇
おはよう、こんにちは、こんばんは。聞こえてる? ぼくだよ、聞こえているかい、どうか返事をくれないか。声を聴かせてくれるだけでいいんだ。ぼくに安心感をくれないだろうか。どうか、お願いだよ。きみの声を聞かせてはくれないだろうか。
こっちは寂しいものだよ、電気はいまだに通っているけれど、それでも退屈さから目をそらすことはできていないんだ。外を見れば、目を閉じてしまってもたどり着けないほどの暗闇があるんだ。それを見ているのも退屈はしないのかもしれない。でも、新鮮さといえるものはもうなくなってしまったな。
毎日、こんな通信のやりとりくらいしか僕にはできない。持ってきていた本なんかは読みつくした。君が無理に持たせてくれたゲームなんかもやったりはしているけれど、どうにも難しいね。いつもキャラクターが滑って操作がままならないんだ。地道に毎日やってはいるけれど、電気の残量が不安でね、最近はあまり遊ぶこともやめているんだ。
食糧はまだ何とか残っているよ、残ってはいるけれど、これもいつまで持つものやら。将来が不安だと人は言うけれど、僕以上の不安を抱えている人間なんて存在しないんじゃないのかなって。ああ、どうだろう。これは洒落にもならない言葉だったね。控えるべきかもしれないや。
独り言が様になってきたよ。こうして語り掛ける以外にも、どこか人のぬくもりを探そうとして、自分でそれを演じてしまうんだ。道化だなって思うけれど、そうするしかやることがないんだ。
寂しい、寂しいよ。でも、仕方がないってわかっているんだ。こうするしか道がないってことも、こうなるべくしてなっているんだということも。わかっているんだけれど、それでも寂しさを拭うことはできやしないんだね。
ねえ、返事をくれないか。返事を聞かせてくれないか。届いているだろうか。届いていてくれないだろうか。それだけが、今の僕の望みなんだ。
◇
おはよう、こんにちは、こんばんは。どうだい、今日こそは届いてくれているのかな。返事、くれたのかな。でも、ノイズまみれで何を言っているかはわからなかったよ。申し訳ない。何度も聞き直したけれど、ガラガラとした雑音が入っていて、どこか機械音のようにしか感じなかった。距離のせいなのかな。もしかして、僕のこの通信も、君に届くころにはそうなっているのかな。
情報っていうものは年月がかさむほどに薄れていくものだと思う。本とかを読んで思ったことだけれど、これは通信でも同じなんだろうね。この場合は距離間による情報量の制御が難しいというだけかもしれない、それを同意義としてみなすのは違うような気がするけれど、なんとなく重なるところはあるような気がするんだ。
今日は間近で星を見たんだ。地球みたいな青い星だった。でも、見慣れた青色の中に緑はなかった。白さえなかった。青色だけで、それ以外のものは何もなかった。それだけで寂しさを覚えてしまったよ。どうしようもないよね、こんなことを考えてもしばらくは帰れないことはわかっているのに。
最近、僕はAIに話しかけることにしている。感情を持たないように制御されている彼だけれど、それでも人と会話をしている気分が味わえるんだ。
彼は、いや、彼女は、というか、なんだろう。話すときにいつも設定を変えているから、どういう風に呼べばいいのかわからないや。ともかくAIに話しかけているときはすごく楽しいよ。雑談、っていうのを久しぶりにしたような気がする。それを目的に設計されたものではないということはわかっているんだけれどさ、これくらいの遊びは許してくれるだろ? 電力消費とかも特に変わらないわけだし、しばらくはこのAIくんと一緒にやっていこうと思うんだ。
でも、寂しさはやはり拭えないよ。いや、むしろ孤独感は増していく感じだよ。
壁打ちをしている気分になるんだ、いや事実として壁打ちをしているんだろうけれど、話し終わった後には徒労を覚えて仕方がない。自分は何をしているんだろうって、こんな偽物に話しかけたところで満たされるものはないはずなのに、それでも同じことを繰り返してしまうことが嫌になってしまうんだ。
どうだろう、今回の通信はうまくいってほしいな。正しく送信できるかな、受信できるだろうか。
どうか、声を聞かせてはくれないだろうか。
◇
おはよう、こんにちは、こんばんは。届いているだろうか、聞こえているだろうか。僕のほうには特に何も聞こえていないよ。何か受信をしているんだけれど、決まって同じリズムの繰り返しなんだ。最初は雑音だと思っていたけれど、データが圧縮されてそうなったのだろうか。僕に知識があればよかったんだろう。こんな船の旅に僕が選ばれてしまったことは間違いだったのではないか。そんなことを考えるけれど、あの状況では人を選ぶ余裕なんてなかったから仕方がない。
こっちはいい天気だよ。いい天気もなにも、ここには空もないし、太陽もない。決まって白い部屋を照らす電灯と、外をのぞける窓だけだけれど。
最近は星を見かけることも少なくなってしまった。ふとしたときに外を見れば落ち着くのだけれど、こんな暗闇の中にいてしまえば気が狂うような心地を覚えるから、外を見ることはあまりしないようにしている。だから、僕が見ていない間に星を通っているのかもしれないけれど。ごめんね、話すネタがなくなってきたんだ。
AIも定型文を繰り返すようになってしまった。確かに彼は言葉を思考して会話をしてくれるんだろうけれど、きっとこのAIには成長が組み込まれていないんだろう。ありきたりな会話にはありきたりな言葉で返すし、とうとう彼との雑談は終わりを告げてしまった。
別に、いいんだけどね。彼はAIでしかないし、AIと話していても楽しくなんかなかった。孤独を紛らわせることなんてできなかったし、どうでもいい。
あー、ここからでもインターネットとかにつなげることができればいいのに。こんな大規模な通信装置があるのに、人と会話をすることもできないなんて、どうしようもないよ。
寂しい。寂しい寂しい寂しい。
つらい、苦しい、たのしくない。
どうか、返事を、返事をくれないだろうか。
◇
……やあ、聞こえているかい。聞こえているわけないか。しょうがないよな。結局、君の声も届かないのだから、僕の声が届いているなんて、そんな幻想あるわけがないよな。どうでもいいか。はは。
毎日同じ食事、毎日同じ会話、毎日同じ風景、毎日同じ睡眠。異なるものがあるとすれば眠るときに見る夢くらいだけれど、とうとう見る夢でさえも似通ってきたような気がする。いつも人を求めているからかな、地球にいたころの記憶が夢に反映されるんだ。夢なんて些細なもので、地球にいたころは起きたら忘れてしまうものだったけれど、毎日同じ夢を見てしまえば覚えてしまうもんだよ。
そっちは夢を見られているかい。こっちはずっと夜だ。夢だけ見ていればいいかもしれないな。
ああ、どうでもいい。忘れてくれ。今日はこれくらいで。
◇
もういい、聞き飽きた。
聞き飽きたんだ、そのノイズは。
三回のリズムを繰り返しやがって。
違う何かを僕にくれよ。
◇
食糧が少なくなってきた。別に贅沢をしていたわけじゃないけれど、そろそろ未来が見えてくるほどに、食糧は尽きてきたといえるかもしれない。
これからは食事もなるべく減らそうと思う。どうせ寝るだけなんだ、毎日食事をとる必要もないだろう。心配はしないでくれ、なんとかなるからさ。
ああ、聞こえてないよな。どうでもいいよな。忘れてくれ。
◇
どうか、声を。
◇
食糧が尽きた。電力には余裕がある。電力に余裕があるのはどういうことだ。生きるべきものが死にそうになっているというのに、無機物は世界に生きようとしているのか? 仕方がないとはわかっているんだ。そういう設計だということも。でも、憤りを覚えてしまうんだ。
これでも耐えたほうだ。僕は孤独だったんだぞ。孤独だったんだ。
さっき、勢いで話しかけてくる彼を殴ってしまった。彼は殴られたことに気づいてはいなかった。きっと、こいつだけは生き残るんだろうな。ああ、どうでもいい。どうでもいい。
◇
真似してやるよ。
こっちにはこれしか聞こえてないんだ。
トントントン。
トントントン。
トーントーントーン。
連続してそれだけが聞こえている。
もう、どうでもいい。
◇
……これが最後になるかもしれない。遺言とだとでも思ってくれ。船はいまだに進んでいるよ。止まることはない。勝手に発電してくれる性能なんだ、いつか望むべき星にたどり着いてくれるだろう。それが地球と交信することを僕は祈るばかりだ。
なあ。最後くらいは声を聞かせてくれないだろうか。あんな地球で唯一出会えた君の声を、最後くらい聞かせてくれないか。
どうか、返事を、くれないだろうか。
フライバイ 楸 @Hisagi1037
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
西より東へ/楸
★3 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます