#5
「伊織さんは、妹さんと仲直りがしたかったんですか?」
「そうじゃないわ。仲直りっていうのは、元の仲に戻ることでしょ。それじゃ、ダメなのよ。私たちは、生まれたときからお互いが青い芝。私たちに必要なのは、仲・良しになることだったわ。」
ゴトンという鈍い音。視線の先に妹のスマホがあった。彼女が肌身離さず持ち歩くもの。黒い画面がこちらを向いているから、画面はどうやら無事のよう。ただ、おかしなことに、トイレにもお風呂にも、寝室にだって持ち込むそれを、妹は今、偶然か放置している。姉は、自分が落としたわけでもないのに、妙に焦ってそれを拾い上げる。と、視線はスマホケースに移る。
黒い画面を表にして、机の上にそれをのせた。数秒後、妹が焦ったように机に駆け寄り、安堵のため息とともにスマホを持って行ってしまった。
姉は、それまでの間、呼吸をしていなかったかもしれない。
それくらいの緊張だった。妹はスマホケースが好きだ。特に透明の硬質ケースは彼女のお気に入りだ。なぜなら、ケースと機体の間にシールを入れるだけで、簡単にアレンジができる。飽き性の彼女にはぴったりの代物。だから、きっとすぐにシールは入れ替えられてしまうかもしれない。ただ、今、この一瞬において確かだったのは、そのシールが、あの日二人で撮った凹凸なプリントシールだったことだ。
姉は思う。
妹は待っているのかもしれない。我が強くて、生意気で、我儘で、プライドが高くて、でも甘えたがりで、そんな妹は一匹狼気取りの姉にずっと期待していたのかもしれない。彼女が姉としての一歩を踏み出し、歩み寄ってくることを。
姉は妹に手紙を書くことにした。なぜなら妹は手紙よりメールが好きだからだ。姉は青いペンを使うことにした。なぜなら妹は青いペンより赤いペンが好きだからだ。姉は手紙の最初に”ありがとう”と書いた。なぜなら妹は”ありがとう”より”ごめんなさい”を欲しがっているからだ。
姉妹は正反対に対極だ。
そのせいで、お互いがお互いの欲しいものを持ってしまっていて、それを羨望している。羨望は次第に憎しみを生んで、仲・悪いにする。だったら、仲・良いにするには、きっと姉は姉らしく、妹は妹らしく、自分の持つ物に、その唯一を、自慢げにちらつかせればいい。
手紙は当然挑発的なものになった。もしかしたら、妹は私の意図には一切気づかず、ただこの手紙を見て、びりびりに破り捨てるかもしれない。だから、手紙の最後に素直な気持ちを書いた。”私の自慢の妹、大好き”と。なぜなら、妹も姉もそう言うことを望んでいるからだ。
妹は手紙を破らなかった。ただ、数秒目を通して言った。
「青は、見にくい。」
それが、久しぶりに聞いた声だった。遠くでアオちゃんがシャーっと唸った。妹は手紙をほっぽると、すぐにアオちゃんの方へと駆け寄り、弁明する。
「青って、アオのことじゃないんだよぉ。そもそも醜いなんて思ってない、世界一可愛いよぉ!」
それは姉によく似た猫なで声だった。
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