彼女は死んでも猫をかぶる

緋盧

#1

瞬きをしている感覚があるのに、辺りが真っ暗なままで。


「私死んだのかしら?」


なんてお気楽に考えていると、次第に暗闇に目が慣れてきたようで、目の前に座るその存在に気が付いた。




ボッ




まるでこれから会談話でも始まるかのような、か細い蝋燭が突然灯ると、目の前に突然犬が現れた。


「え?犬?」


犬というのは、あの四足歩行の哺乳類のことで、あれだろうか、テレビコマーシャルで見るような、犬に人間と似た服を着せ、人の真似事をさせるみたいな、そういうドッキリか何か。しかし、すぐにそれがドッキリでもなんでもないことを悟った。いや、確かにドッキリはしたのだが。




灯りは、少しくすんだ茶色で使い古されたような古風な雰囲気のある机の中央の燭台で揺れていた。私はその机で蝋燭を挟んで犬と向かい合って着席しているらしい。けれど奇妙なことに、目を開けるとき座っていることに一切の疑問を持たなかったように、私は今椅子との接地面を感じることができていない。


「いらっしゃいお客さん。私は魂の案内人です。」

「思ったよりも、低い声で話すんですね…。」


これは夢だ。この一言で、目を開けてから続く摩訶不思議を乱暴に自分の中に落とし込むことができた。これ程までに流暢に人語を喋る犬なんて存在しない。そうなると、また現状を表す言葉の候補が絞られながら挙がってくる。明晰夢。


「あなた様は、お亡くなりになった。だからここにいらっしゃいます。私は、あなた様のような迷える魂を、次の肉体に導くために、ここで元の肉体における生前の話を聞くことを生業としているんです。」


断言しようとしたところで、今まで曖昧だったものが突然明晰になり、これは覚めない夢だとわかった。



「そうだ、私、死んだんだわ。」

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