【小説】ファーストライブの箱は見つかったかい?

安明(あんめい)

世界的なバンドへと成長していくバンドの第一歩

 それは1970年のロンドンでのこと、季節は初夏であった。


 新しく結成された、とあるバンドのメンバーが、大学のクラブ室で毎日のように練習をしたり、論議を闘わせたりしていた。


 バンドのメンバーは、それまでスマイルというバンドで活動していた、ギターのブライアンにドラマーのロジャー、そしてスマイルが解散したあとに加わった、ボーカルのフレディとベースのマイクの4名だった。


 新しいバンドには新しいバンド名が必要だったが、フレディが出してきたバンド名の案は、どれも突飛すぎた。


「フレディ、これじゃあロックバンドとは言えないよ」


 バンドの中では一番インテリっぽい、ブライアンが頭を抱えた。


「じゃあどんなのがいいんだい。俺たちはもう『スマイル』じゃないんだ。スマイルのイメージから脱却するには、全く違うバンド名が必要なんだ」


 フレディはグラフィックデザインを学んでいる。芸術への造詣が深いフレディに新しいバンドのイメージを作ってもらいたいと皆思っていたものの、あまりにも感性が独特すぎた。


 とはいえ、他のメンバーにいいバンド名の案があるわけでもなかった。


「じゃあバンド名は改めて考えるとして、俺たちのファーストライブの箱は見つかったかい?」


 バンド仲間に顔が広く、会場探しを行っていたロジャーに、フレディが尋ねた。


「それがなかなかうまくいかないんだ。スマイルで出ていたライブハウスにいくつかあたってみたんだけど、新しいバンドだとチケットのノルマがきつくてね」


 金髪でくっきりとした目鼻立ちで、スマイル時代も多くの女性ファンを集めていたロジャーが、その美しい顔を曇らせた。


「そ、それじゃあ、バンド名はしばらくスマイルのままというのはどうかなあ。それならやらしてくれる箱もあるんじゃないかな」


 おずおずとマイクがそう提案したが、皆、賛成とも反対ともつかない微妙な表情をした。


「ロジャー、引き続き箱探し頼むよ。そうしたら練習だ。今日はJailhouse Rockからいこうか。みんな自分のパートは練習してきたよな」


 最年長でもあり、なんとなくリーダー的な役割を負っているフレディがそう声をかけた。


 数日後、3人が集まっていたところに、ロジャーが駆け込んできてこう叫んだ。


「みんな、ファースライブの箱が見つかったぞ!」


「ロジャー、それはお手柄だ! それで、どこだい?」


 ブライアンが笑顔でそう尋ねた。


「トゥルーロだ。そこのシティ・ホールが貸してくれるって。公共のホールだから格安で、チケットのノルマもないぞ」


 ロジャーが得意気に答えた。


「「「トゥルーロ? どこ?」」」


 あとの3人の声がハモった。


「知らないのかい? コーンウォールにある港街だよ」


 ロジャーがこんどは若干不満気に答えた。


「そこってもしかして、ロジャーがロンドンに出てくるときまで住んでいた街かい?」


 メンバーのなかでロジャーとは一番付き合いが長いブライアンが尋ねた。


「そうだよブライアン。だから伝手があったんだ。それに地元の友だちや、ハイスクールのときのバンド仲間とかもいるから、お客さんも集められるぜ。これくらいの箱なら満員だよ」


 ふたたびロジャーが得意気に答えた。


「そこってロンドンから近いのかい?」


 音楽や芸術以外のことにはまるで無頓着なフレディが尋ねた。


「そ、そうだね、車なら、朝にロンドンを出れば、夜までには着けるかな・・・」


 バンド一快活なロジャーが、珍しく目を泳がせた。


 とはいえ、箱も他の3人に代案があるわけでもなかった。


 そうして、この時代ロンドンでいくつも生まれていた、とある新しいバンドのファーストライブは、1970年6月27日に、ロンドンを遠く離れたトゥルーロのシティ・ホールで開かれた。


 バンド名はスマイルのままだった。


 のちにバンド名をクイーンと変え、ベースにジョンが加入して、世界的なバンドへと成長していくバンドの第一歩であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【小説】ファーストライブの箱は見つかったかい? 安明(あんめい) @AquamarineRuby

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ