1-4:閑話休題。銃を取れ
2週間前に起こったフィスク11の暗殺と皇太子の誘拐。
そして、その首謀者は、「若き日の自分自身」
移動中の馬車の中で、つい数時間前に知らされた小説の物語のような話にグレッグは何度も頭をひねっていた。
先ほどこの話をブラックから聞いた時、犯人の正体として真っ先に思いついたのは、変身術の使い手という可能性だ。
ハイリンクには先天性という条件付きであるものの、古代から存在する魔術の使い手が一定数存在し、あらゆる分野においてその能力を発揮している。
生後3~4歳ごろには魔力が発現し、幼少期から専門的な教育を受け、成人後に多くの場合は魔術師として活動し始める。
しかしそのような可能性はブラックによって否定された。
彼は取り調べ室で三本目の煙草をふかしながら、何度も説明してきたといわんばかりといった口調でグレッグに対し、説明した。
確かに変身術は古代魔法の一つとして数えられる上、その修得価値は高く一部の魔術師達はそのような古代魔法を習得することに躍起になる。
しかし、魔術師の中でも変身術のような古代魔法を扱える人物はごく僅かであり、仮に扱える人物がいたとしても、変身術の性質上、その使用には多くの魔力を費やさなければならない。
魔力の枯渇はそのまま生命力の枯渇にもつながり、当人の心肺機能の負担は莫大なものとなる。一度変身術を使用するだけで、その後丸一日は休息に当てなければならないほどであった。
そのように疲弊した状況の中で、フィスク11のような王室直属の精鋭部隊を壊滅状態に追い込むほどの余力がある人物というのは想像しにくい。
フィスク11を壊滅させるほどの実力者自体がこの世に存在するのか自体怪しいが。
そして、ブラックは最後にこうグレッグに告げた。
「魔術だろうが、何だろうが、若き日のグレッグ・ローズがこの襲撃に関係していること。それが軍部のお偉いさん達が握っている唯一の情報なんだ」
「意味することは分かるだろう」
とぼけたふりをするにはあまりにもタチの悪い話だった。
一通り話したのちブラックはこれから王都バルムへ向かうと言った。勿論、グレッグも共に。
バルムへと向かう目的について尋ねようかと一瞬グレッグは思ったが、最初に目的を説明しようとしない時点で、この男に聞いても意味はないだろうと察した。
何より、彼の頭では同じ疑問が渦巻き続け、他の事情やその他話に頭を巡らせることなどは不可能に近かった。
なぜフィスク11が襲撃し、皇太子を誘拐したのか。
なぜ、うだつの上がらない農民として暮らしている俺に犯行をなすりつけたのか。
そしてなぜ、昔の俺の姿をしているのか。
この数日間の拘留で相当に凝り固まった肩を揉みながら、グレッグはその疑問を頭の中で反芻し続けていた。
強く照り付ける日差しの下で、数時間も代わり映えの無い荒野の道を進んでいる現状も一層彼の頭痛を酷くした。
「この件は公には伏せられている。幸いにもフィスクの本拠地の周辺にいた農民には相応の額を対価に口止めをしている状況だ」
唐突に向かいに座っているブラックが口を開いた。猫背の姿勢でうなだれるグレッグと対照的に、針金でも入っているのではと思わせるほど真っ直ぐに背中を伸ばしながら座っている。
「しかし、記者達が嗅ぎつけるのは時間の問題だ。もってあと1週間というところだろうな」
残された時間の少なさを嘆く気力はグレッグにはなかった。
「それまでに真犯人の足取りを掴むことが出来なければ、お前は国家転覆を首謀した稀代の犯罪者として処刑台に立つことになる。見物人はパレードよりも多いだろう」
「言葉にしてくれるなよ、自覚すると更に頭痛が酷くなる。」
グレッグはこめかみのあたりを軽く手の甲で触り、より頭痛が酷くなっていると言わんばかりのジェスチャーをした。
「それは確かに悪かったが、目の前の現状からは逃げられないぞ」
軍部の司令官らしい物言いだった。グレッグもフィスクに所属したときに、弟子たちに似たようなことを言った記憶があったが、いざ自分が言われる立場になってみると、気分は良いものではない。
「現実主義はとうに卒業したんだ……フィスクを去ってからな」
「そういえば聞いてなかったな、なぜアンタは……」
ブラックがその先の言葉を発しようとした時、重い爆発音が二人の会話を遮った。
先ほどまで一定のリズムで揺れていた馬車は、その体を大きく横転させ、荷台に座っていた二人の中年は空中に投げ出された。
積まれていた荷物がサイコロのようにゴロゴロと転がってその中身をいくつもばら撒き、その幾つかは彼らの身体を直撃した。
グレッグはとっさに受け身をとり、横転の衝撃に耐えたところでブラックの様子を確認する。
「おい……!」
当たり所が悪く意識を失っているのか反応がない。
グレッグは舌打ちをすると、散らばった荷物の山を掻き分けた。苛立ちと焦りを抑え込みつつ、箱や巾着をひったくっては中身を確認する。
クソ、どこだ……どこだ……
見つかってくれという祈りが通じたのだろうか。彼はしな垂れたホルスターと銀に輝くリボルバーを手に取ることができた。
しかしそれもつかの間、外からは甲高い声で狂ったような雄叫びを上げている人間たちの声を耳にした。
ブラックを一旦この場に置いていくしかないと判断した彼は荷物の山に足をかけて荷台から勢いよく飛び出す。
すぐに頬のそばを過ぎ去る幾つかのの矢の存在に気づき、すぐさま近くの岩陰に転がった。敵は複数、しかもかなりの数であることが伺えた。
恐らく野盗の集団だろうことは想像に難くなかったが、現役を退いたグレッグにとってはその数や全貌を把握するにはあまりにも急なことだった。
少しは準備時間をくれるとありがたいんだが……
爆発後のチリに目をかきながら、彼は襲撃者に対してひとりごつ。
そしてホルスターから取り出したリボルバーの刻印を指でなぞり、残弾数をしっかりと確かめる。
シリンダーにキッチリ詰まった弾丸は、真昼の太陽の光を反射して艶やかに煌めいた。
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