第45話 事故

 流歌は地下八十八階の探索を開始する。久々の戦闘になるため、始めは少しペースを抑えて進んでいく。


 鳥だったり、猿だったり、ゴーレムだったり、倒すことは可能。しかし、奥の手を使わない状態だと、倒していくのも一苦労。本来なら、一ヶ月くらい時間を掛けて探索していくべき階層だ。


 迷うところだけれど、この階層は早めに切り抜けることを目標にする。レベル上げは後回し。



(そういえば、血戦鬼の剣にはヒビが入っているんだった。まだ使える範囲だけど、これも新調しないと……。出費がかさむ……。いや、ダンジョン内で見つけた方がいいか……)



 億単位の貯金はある。でも、Aランクの武器でも、ここでは破壊される恐れがある。Sランクの武器が欲しい。それを買うにはお金が足りない。



(やれやれ……。申請したら協会がSランクの武器を貸与してくれないかな? 協会の依頼を遂行するためだし、それくらいしてくれてもいいよな?)



 流歌は淡い期待を抱きつつ、地下八十八階を突き進む。


 そして、四時間ほどかけて、階層のボスがいるだろう島に到着。


 ボスの姿は見えないのだが、石畳の広場に思わせぶりに大きな柱が立っている。真っ白で、直径が十メートル以上もあり、高さも百メートルはあるだろう。



「こういうのだと、柱に触れるとボスが出現するってのがセオリーでしょうね。一人で倒せますかね……」



:ウタちゃん、頑張って!


:ここまで普通に一人で来られたの、凄い!


:実は色んな奥の手持ってるんでしょ? いけるいける!


:地下八十八階をソロ攻略する偉業に期待!



「……まぁ、頑張ってみますよ」



 流歌は、中級の魔力回復薬で魔力を回復。これも日に何本も飲むのは良くないが、上級のものより負担は少ない。


 それにしても、と流歌はコメント欄を見ながら思う。



(愛海さんからコメントが来ないの、思った以上に寂しいな……。早く、死体が見つかってほしい……。愛海さん……。また、私の名前を呼んでくれ……)



 落ち込みそうになるが、ボス戦を前に余計なことを考えてはいられない。



:ウタさん、頑張ってくださーい。わたくしに勝てたのですから、地下八十八階のボスくらい瞬殺しちゃいましょう! っていうか、そこのボスくらいに苦戦されては困りますよ! 魔王軍が弱っちいみたいじゃないですか!



「……ん、んん? 今、何か変なコメントが……」



 実に奇妙なコメント。こんな発言をする者を、流歌は一人しか知らない。スマホなど持っていないだろうが、配信にコメントするくらい、そう難しくはないだろう。彼女は地上の情報も色々と知っていた。



:魔王軍?


:わたくしを倒した?


:誰?


:何かさらっと異世界人入ってきてない?



「え、ええっと、思わせぶりなことを言って、リスナーの皆さんを混乱させるようなことはやめてくださいね?」



:あ、もしかして、入ったらまずかったですか? 地上の人が楽しそうにしてるので、わたくしも参加してみたかったんですよ。ウタさんのならいいかなー、って思ったんですが。


:おいおい、これは本当に本物の異世界人じゃないか?


:ウタちゃんが珍しく取り乱してる!


:異世界人の初観測なのでは!?



「……いいですか、リスナーの皆さん。彼女は異世界人のフリをした一般人です。そういうネタなんです。わかりますよね?」



:わかりました! わたくしは地上にいる一般人です! 地上には科学文明が発展した街が広がってることも知ってます!


:科学文明とか言い出したぞ。


:異世界人じゃないと出てこない発言なんだわ。


:え、マジの異世界人? やばくね?


:しかも、ウタちゃんは「彼女」って言ったな。相手が女性だと知っていないと出てこない言葉だ。



「あー……」



 流歌は、仮面の中で顔を引きつらせる。色々と発言を間違えてしまっていたようだ。自分も、メルも。



(……どうしたもんかな)



 いっそ、配信を一度切ってしまう方がいいのかもしれない。死体回収には至らない予定なので、配信していなくても問題はない。



:ウタさん、ボスと戦わないんですか? 地上から応援してますよ?


:そこの自称地上の一般人さん、何県に住んでるの?


:地上の人なら、宇宙エレベーターの存在くらい知ってるよね? ダンジョン産のアイテムとかを使って、ついに実現したあれ。気軽に宇宙に行けるようになったけど、君は宇宙に行ったことある?


:え!? 宇宙エレベーターって実現してるんですか!? SFの世界の話じゃないんですか!? ウタさん、わたくしも宇宙に行ってみたいです! 地上の侵略とかしないように皆を説得するので、わたくしを宇宙に連れて行ってください!


:速攻でボロが出る異世界人でおもろい。


:待て待て。侵略とか言い出したぞ。


:異世界人っていうか、魔王軍のお偉いさん?


:もしかして魔王本人?


:魔王軍が地球を狙ってる!?



 コメント欄が爆速で荒れていく。メルが意外とポンコツなので、この流れはとめられそうにない。



「……宇宙エレベーターはまだ実現していません。理論上可能と言われていますが、スペースデブリや放射線への対策とか、色々と問題もあるようです。魔法を使えばそれも簡単に解決できるんじゃないか、なんて言われてもいますけどね……」



:もちろん知ってましたよ! わたくしは地上の一般人ですからね! 騙されたふりをしただけです!



「どなたか存じませんが、ひとまずコメントはなしでご視聴いただければ……」



:わたくしのことを知らないなんて、酷いじゃないですか! 寝たきりのウタさんを一ヶ月もお世話してあげたんですよ!?



「な、なんのことでしょう? とにかく、ちょっと黙っててくれます?」



:ウタさん酷いです! ウタさんがそんな冷たい態度を取るなら、もうダンジョンのことなんて何も教えてあげませんよ!?



「ああ、もう! メルさんは黙ってててください! リスナーと会話するのも禁止です! すごい魔法使えるのに、なんでそんなにポンコツなんですか!?」



:ちゃんとわたくしの名前、覚えてるじゃないですか。もう、皆の前で仲良くしているのを見られるのがはずかしいんですか? 思春期の男子ですか?


:ついにウタちゃんが名前を言ったぞ!


:異世界人の名前、メルと判明。


:ただの異世界人? それとも魔王?



「ああ……色々と台無しに……」



 もはや、メルの存在を隠しておくことはできないだろう。協会からの公式発表など待っていられない。

 ただ、どう発表するべきかは、難しいところ。だからこそ、協会に任せたかった。



(どうしよう、これ……)



 コメント欄が盛り上がっている。同接数もどんどん増えていく。


 人気だとか、数字だとかは全く求めていなかったのに、これから大変なことになりそうだ。

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