第22話 秘奥義

 * * *


(剣は一本。戦い方にも制限あり。でも、負ける気はしない)



 流歌はひとまず飛ぶ斬撃を放つ。期待はしていなかったが、斬撃は赤竜に傷一つ入れられない。


 直後、赤竜が流歌に向けて火球を放つ。


 流歌はそれを魔法破壊の技で無効化。赤竜は何度も火球を放つが、流歌は問題なく対処。


 続けて、赤竜が魔力を溜める。一秒にも満たない溜めの後、今度は浮島全体を焼き尽くさんばかりの劫火を吐く。


 流歌は冷静にその炎を剣で切り裂く。赤竜は流石に驚いたような反応をしたが、今度は尻尾を振り回し流歌を攻撃。



(幻想剣術、巨人の剣)



 流歌は剣を上段に構えながら技を発動。剣が魔力をまとい、刃が巨大化。刃渡り十メートル、幅ニメートルほどの大剣となった。


 それを振り下ろすと、魔力の刃は赤竜の尻尾に大きく食い込む。切断までは至らなかったが、この技なら赤竜にもダメージを与えられそうだ。


 ただ、赤竜の一撃は非常に重い。真正面から尻尾の攻撃を受け止めることになり、腕や足が悲鳴を上げる。



「く……っ。でも、負けませんよ!」



 流歌は、どうにか赤竜の尻尾を弾き返す。一度は退けたが、ニ度同じことをするのは難しいだろう。次に同じ攻撃をされれば、弾き返すより受け流すべきだ。


 赤竜が再び巨大な尻尾を振り回す。


 流歌はもう弾き返すことなど考えず、剣を斜めに立てて受け流す。尻尾に潰されることはなかったが、地面が大きくえぐれて、流歌は数メートル浮いた。


 赤竜がまた火球を放ってくるが、流歌は空中を歩いて体勢を整えつつ、火球を魔法破壊で粉砕。



「私に炎は効きませんよ。まぁ、ギリギリですけどね」



 流歌は全ての魔法を粉砕できるわけではない。自分よりも圧倒的高位の魔物の攻撃は、流石に避けるしかない。この赤竜の炎は、流歌が対処できるギリギリの威力といったところだ。



(ギリギリ魔法を破壊できる敵が、おそらくこの階層の中位程度の魔物。上位の魔物やボスを相手に戦えるかどうか……。全く、ダンジョン探索は飽きないな)



 流歌は尻尾の攻撃をくぐり抜けて赤竜に接近。赤竜は、今度は巨木のような足で流歌を踏み潰そうとする。巨体の割に、赤竜の動きは速い。流歌は危うく踏み潰されそうになりながらも、敵の踏み潰しを回避。さらに、巨人の刃で赤竜の右前足を斬りつける。


 刃は鱗と肉を斬る。しかし、中の骨を断つことができない。



「防御力、高すぎですね!」



 赤竜が暴れまわるので、何度も同じ場所を攻撃して骨を断つというのも簡単ではない。


 流歌は攻撃と回避を繰り返し、少しずつ赤竜に傷を負わせていく。



(鬼丸さん、よくこの赤竜と真っ向から力比べなんかしてたな……。やっぱり、それぞれで得意な戦法は違う……。私なりのやり方で倒さないと……)



 赤竜の攻撃を避け、巨人の刃で反撃しつつ、流歌は少しだけ考える。


 その結果。



(……奥の手を隠すと、特に画期的な戦い方も何もないな。地道に倒そう)



 流歌は長期戦を覚悟する。



「……本来なら、あなたくらいの敵はさっさと倒して次に行くのが、この階層に相応しい探索者なのかもしれませんね。私はまだまだ未熟なので、じっくり戦わせてもらいますよ」



 流歌と赤竜の攻防がしばらく続く。赤竜は炎と物理のニ種類を織り交ぜ、流歌に必殺の一撃を食らわせようとする。流歌は一撃必殺など求めず、地道に赤竜を削っていく。


 流歌は、一撃でもまともに食らえばそこで終わりという、ギリギリの緊張感に精神をすり減らす。そのくせ、その緊張感に高揚している部分もあり、赤竜との戦いをじっくり味わう。



「ふぅ……。こういう戦いもいいですね! 楽しくなってきました! 死体の回収に徹しようと思ってましたけど、もうそういうのはやめましょう! 赤竜さん、存分に殺し合おうじゃないですか!」



 何かの依頼を請け負っている最中は、なるべく探索を楽しむことはしないようにしていた。死人がいるのに、心を踊らせているのも不謹慎だと思っていた。


 でも、あまり余裕のない階層で探索をしていたら、本来の気質を抑え切れなくなってしまった。



(私はダンジョン探索が好きだ。こういうギリギリの戦いも、未知との遭遇も、不思議や神秘に触れるのも。こんな楽しい戦いを続けてたら、冷静な死体回収人じゃいられない!)



 流歌は、仮面の中で大いに笑顔を浮かべながら戦いに興じる。


 この仮面、身バレを防ぐ意味もあるのだが、表情を隠すためでもある。心底楽しそうに笑っている姿を不特定多数の人に見られるのは、流歌としては恥ずかしい。欲情している顔を見られるような感覚だ。


 流歌は戦闘を楽しんでいるのだが、赤竜は流歌をなかなか殺せないことに苛立ちを見せ始めた。翼を広げて上空に舞い上がり、それから流歌のいる浮島に向けて急降下。浮島を破壊し、流歌を空中庭園から落としてしまおうという作戦だろうか。


 流歌はそう思ったのだが、どうやら少し違った。赤竜は垂直に降ってくるのではなく、斜めに落下。真横から見ればUの字を描くようにして、落下の直後に上昇。落下から上昇までの間に、赤竜は体当たりで地表を大きくえぐる。



「ははは! すごい攻撃してきますね! 捨て身ですけど、これがまた対応しづらい!」



 赤竜の動きは速い。流歌もあまり余裕をもって攻撃を避けられるわけではない。


 さらに、流歌の刃は赤竜を簡単には切り裂けない。赤竜の突進に合わせて巨人の刃で応戦するが、赤竜の体の表面を削るばかり。致命傷を与えるのはまだ時間がかかりそう。


 赤竜は何度も下降と上昇を繰り返す。もはや地表はめちゃくちゃ。流歌が立ち位置を調整しているから鬼丸パーティーの死体は無事だが、それ以外の場所はまともに歩ける状態でもない。


 ちなみに、神代と鬼猿との戦闘もまだ続いている。鬼猿はさっさと逃げを選んでいたのだが、意外としぶとい。鬼丸の大剣、屠竜遊戯を巧みに使い、さらに俊敏に動き回って、神代を翻弄している。ただ、神代が劣勢という雰囲気もなさそうなので、いずれ神代の勝利で決着が付くだろう。



「私も魔力が少なくなってきましたし、そろそろ決着を付けたいですね!」



 地道に攻撃し続けたおかげで、赤竜を守る鱗も大部分が剥げ落ちている。


 骨を断つことは難しいかもしれない。だが、骨を断たずとも、核を破壊すれば赤竜を殺せるはず。


 ぼろぼろの赤竜は、相変わらず落下と上昇を繰り返そうとする。いや、全身に炎をまとい始めたので、今までと全く同じというわけではない。


 灼熱の炎をまとう赤竜が落下してくる。直撃すれば、流歌は潰れて即死するだろう。直撃せずとも、炎の熱で体を焼かれるだろう。



(幻想剣術、巨人の刃。そして……渾身の一撃)



 渾身の一撃は、一日に一度だけ使える技。通常の倍くらいの威力を発揮できる。


 使い所を探っていたが、おそらくは、今だ。


 赤竜の接近に合わせて、流歌は巨大化した剣を一閃。首筋から心臓部を切り裂くはずだったのだが。



「うわっ」



 赤竜は流歌の剣に噛みつき、刃を受けとめる。そのまま上空に舞い上がって、剣を握ったままの流歌を遥か上空まで連れて行く。


 赤竜は高く高く上昇。ダンジョン内だというのに、上空数百メートルの高さまで到達。


 そこから、赤竜は流歌を伴ったまま急降下。直感だが、おそらく赤竜は今度こそ地面にそのまま突っ込むつもりだ。流歌は地面との衝突で木っ端微塵に砕け散るだろう。


 あるいは、ここで剣から手を離せば、赤竜と共に浮島に衝突することはないだろう。それでも、自由落下の勢いだけでも流歌は耐えられまい。



「……これは、まずい、ですね」



 死んでも生き返ることは可能だけれど、死にたくはない。


 死ぬのは痛いし苦しいし、無惨な死体をさらすことにもなる。



(仕方ない。縛りプレイにおいては、私の負け。勝負を焦ったのはいけなかった。とっさに剣を離す選択をできなかったのもいけなかった)



 敗北を認め、反省したのは一瞬。



(巨人の剣は解除。自由になったところで……幻想剣術、秘奥義。戦乙女ヴァルキリー



 流歌の背に純白の翼が生える。長時間飛べるわけではないのだが、少なくとも地面への衝突を避けられる。


 攻撃力、防御力も共に飛躍しており、赤竜の骨を断つことも難しくはないだろう。


 ただし、この状態でいられるのは、せいぜい三分。万全の状態でもないので、持続時間はもっと短い。



(問題ない。十秒あれば倒せる)



 流歌は、高速で飛んで赤竜に突撃。核があるだろう心臓部を貫いた。


 赤竜は力を失ってそのまま落下していき、流歌は上空でその様を見届けた。

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