第20話 ジン

 * * *


:よく見えんけど、なんか苦戦してるっぽいな。


:すばしっこい何かがいるのはわかってるけど、傍から見るとウタが奇妙なダンスしてるようにも見える。


:この三種類の魔物と同時に戦うのは流石に厳しいのでは?


:ウタちゃん! もう少しだけ頑張って! 今、神代君が地下八十八階に到着したよ!


:あ、本当だ。別の配信で神代君が中継してる。珍しくソロだ。


:神代君が来てくれるのはありがたいけど、ピンチに颯爽と現れる神代君の構図になりそうでちょっと困る!


:神代君イケメンだからなぁ。ウタも女だし、神代君に惚れるんじゃね?


:神代ハーレムの一員になっちゃうかー。ウタはそういうのと無縁で活躍してほしかったな。


:ウタ姫が神代君に惚れることなんてありません! ウタ姫は男性に興味ないですから!


:そうだそうだ! ウタちゃんが男になびくなんてありえない!


:ウタちゃんの実物見たことあるけど、結構ガチで男には興味なさそうなんだよな。


:かといって、別に女に興味があるって感じでもないぞ。


:そもそも恋愛に興味なさそうだよな。ちな、ウタちゃんは仮面を取ると美人だ。


:ウタ姫が世界で最高に美しい人なのは事実です! でも、勝手に素顔を拡散する人は許しませんよ!


:ウタちゃんの気分を害するような真似は許さん。


:なんか親衛隊ができてら。それにしても、ウタってこの難敵相手にも負ける雰囲気ないな。めっちゃ強くね?


:実は敵が弱いっていう可能性もある。


:もうそういうアンチな見方やめろって。惨めになるだけだぞ。



 * * *



(鬼猿、トンボ、赤竜……単独を倒すならそう難しくはない。でも、同時に襲われるときつい。どうしたもんかな……)



 流歌は攻撃の回避に徹するしかなく、反撃できないままでいる。少しでも反撃しようとすれば、その隙に大ダメージを負ってしまいそうだ。



(腕一本ぐらいを犠牲にするか……。どうせ愛海に治してもらえる……。ただ、腕一本で済むかもわからない……)



 敵の攻撃を回避して回避して回避して……。



「あ」



 鬼猿の一撃を受け流そうとした左手の剣、蒼竜の牙が折れてしまった。買えば数千万円する一品なので、鬼丸たちの死体を回収しても大赤字だ。



「ああ、もう、大事な剣が……。ゴウケンさん、損害の補填ほてんをしてくれますかね? お前の腕が未熟なせいだろ、とか言い出したら、流石に怒りますよ?」



 死体を回収した者が、回収された側に損害の補填ほてんを依頼することはよくある。そして、回収された側がそれを突っぱねることも、よくあることだ。


 回収する側の未熟さが原因だとか、元々壊れそうだった装備品をあえて回収時に壊しただけだとか、色々と難癖をつける。回収する側からすると非情に苛立たしい話だ。


 ただ、実際、回収される側に損害を補填させるのが目的で装備品を壊す者もいないわけではない。だからこそ、この問題は厄介だ。



(ゴウケンさんはそれなりの人格者のはずだし、お金もたくさん持ってるし、このくらいの補填はしてくれるはず……。ただ、同じ剣が手に入るとは限らないから、やっぱり惜しいとは思っちゃうな……。気に入ってたのに……)



 嘆きながら、流歌はとにかく敵の攻撃をかわし続ける。


 剣が二本から一本となり、対応はまた難しくなっている。致命的なダメージは避けているけれど、トンボの突進で負う傷が増えていく。



(……本気で戦えば勝てないわけでもない。でも、本気で戦う姿は世間に公開したくない。何が起きるかわからない業界なんだから、奥の手は残しておかないと……)



 先日遭遇した探索者狩りのように、あえて探索者を狙って殺そうとする者もいる。一部には、対策をきちんと練った上で、高ランクの探索者を狙う者もいるのだ。


 そういう連中と対峙する可能性も考えて、流歌は手の内の全てはさらさない。むしろ、あえて自分の強さを下に見積もらせるように行動する。



「……一人では厳しい相手ですね。他にも応援が来ているはずですし、そろそろ誰か来てくれませんかね?」



 流歌が高速回避を続けながらぼやいていると。


 鬼猿に向けて、人間台サイズの火の鳥が突っ込んだ。


 鬼猿はその勢いで吹き飛び、さらに炎に焼かれてもがく。



「ごーめん、ちょっち遅れた! でも、もう大丈夫! 何故って? 俺が来た!」



 流歌の側に、背中に炎の翼を生やし、さらに全身にも炎をまとう青年が降り立つ。周囲に劫火を展開することで、トンボの接近も防いでくれた。青年に少し遅れて、彼が配信に使っているだろうフェアリーも到着。


 流歌はようやく一息ついて、彼と言葉を交わす。



「……遅いですよ、ジンさん。危うく大怪我するところでした」


「ヒーローは遅れてやってくる! なんてね。君が頑張ってくれたおかげで、俺が駆けつけるまでの時間を稼げた、って方が正しいよな。力を尽くしてくれてありがとう!」



 彼の本名は神代勇炎かみしろゆうえん。探索者名はジン。年齢は二十歳。炎系統魔法のスペシャリストでありつつ、近接戦闘もこなす槍使い。整った容姿とちょい悪風ながらも爽やかな雰囲気から、女子人気が非常に高い。判明しているだけでも四人の恋人がいるのだとか。それを恋人たちも了承済み。ダンジョンではいつもはパーティーで行動しているのだが、流石に地下八十八階となると、他のパーティーメンバーを連れてくるのは控えたらしい。珍しく一人だ。


 神代が助けに入ってくれたのはありがたいけれど、赤竜はまだ元気で、しかも炎に強い。流歌たちを守る炎の壁をものともせずに突っ込んでくる。


 二十メートルを超える巨体の突進は、それだけで圧倒的な暴力となる。



「ちょっとごめんよ!」



 神代が流歌を抱えて空を飛ぶ。神代の体は炎に包まれているのだが、流歌はその熱を感じない。



(……お姫様抱っこされるなんて初めてだな。なんか気まずいけど、文句を言う場面でもないし、我慢するか……。っていうか、文句とか言ったら、ジンさんのファンがうるさそう……)



 とにかく、上空に飛んだおかげで、まずは赤竜の突進を回避できた。トンボが追いかけてくるものの、神代が炎を周囲に展開することでトンボたちを牽制できている。


 赤竜がさらに追いかけてくるが、神代の方が動きは素早い。突進も炎も、問題なそうだ。



「飛べるっていいですね。それに、その炎も便利です。ユニークスキル、鳳凰でしたっけ」


「そうそう。めっちゃ便利。まぁ、炎特化な分、弱点もあるけどね」


「じゃあ、もう後は大丈夫そうなので、私は帰ってもいいですか? 私、疲れました」


「いやいや、ちょっと待ってよ。俺一人じゃ、あの赤竜はたぶん倒せない。相性が悪いんだ。俺が鬼猿倒すから、赤竜を頼む」


「……仕方ないですね。わかりました。トンボはどうしましょう?」


「倒すことは、まぁ、できるかな。でも、俺はウタさんの力を見てみたい。俺が来た今なら倒せるんじゃない?」


「……まぁ、倒せますよ」


「じゃあ、よろしく! Sランク相当のBランク探索者! その実力をもっと見せてくれ!」


「あまり見せたくないんですけどね……」


「とにかく頼むよ!」


「わかりました……」


「あ、ところでさ、俺の配信でやけに賑やかなリスナーがいるんだよね。ウタ姫を早く離してください! ウタ姫に触れるのはわたしが許しません! って連投してる。もしかして、君の知り合い?」


「あー……はい。私の知り合いです」


「迷惑してる感じなら、なんか対処手伝おうか?」


「いえ、大丈夫です。ちょっと変わってますけど、私の大事な友人です」


「友人ね。向こうは友人と思ってる雰囲気じゃなさそうだよ?」


「まぁ、こっちにも色々あるんです。じゃあ、ジンさん。赤竜を引き付けつつ、このまま私を落としてください。天駆鳥の靴を履いてるので、私はこの高さから落ちても平気です」


「そう? わかった。後は任せた!」



 神代が流歌を落とす。自由落下に身を任せながら、流歌はトンボを倒すために魔力を高める。



(……幻想剣術、無刀一閃)

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