第2話 最悪

「捜索対象者の位置情報はわかっています。ここから五十キロくらい行ったところですね。まぁ、位置情報のところにちゃんと死体が転がっていればいいんですが、なかったら捜索しなければいけません。この階層だけで一つの県くらいの広さがあるんで、探すのが大変ですよ……」



 左耳に付けたカフスを通し、流歌の視界にはこの階層の地図も表示されている。地図の黄色い点は自分で、赤い点は捜索対象者。


 しかし、表示されているのは、あくまで捜索対象者が持っている発信機の位置。探索者なら常にそれを身に着けておく必要があるのだが、基本的には腕輪型。何かの理由で腕輪と死体がバラバラの位置にあると、死体を探し出すのに苦労する。



:何の乗り物も使わず、五十キロを生身で走り抜けようとするの、マジで体力がバグってる。


:たまにバイクを持ち込む人もいるよね。ウタちゃんも持ち込んだら? 免許ないなら免許取ってさ。


:ウタ姫は脳筋ですからね……。バイクより走った方が速い、とか言うんですよ……。


:この前そんなこと言ってた。こいつは頭おかしいって確信した。



「乗り物を使うと不便も多いし隙も多いから、魔物や足場の悪いところを避けて遠回りするとかで、余計に時間がかかるんですよ。それなら一直線に走った方が速いんです」



 流歌は、三時間程度なら時速百キロで走り続けられる。その速度が出せるなら、乗り物を使うより走った方が速いことが多いのだ。


 荒野の土を荒らし、魔物をかわしながら走り続け、流歌は地図上に表示された捜索対象者の位置へ。



 そこには、何かに群がるハゲタカ型の魔物の群れ。


 魔物がしきりについばんでいるのは、人型の何か。


 流歌は右手で剣を抜く。血のように赤い剣身が禍々しい代物で、名は血戦鬼けっせんきの剣。魔法剣としてちょっとした力を発揮できるのだが、今はそれを使わない。


 剣の力ではなく、自身の力で魔物を攻撃する。



(幻想剣術、飛ぶ斬撃)



 流歌は、軽めに剣を一閃。斬撃が飛び、群がっていた魔物のうち、まずは五羽を一撃で屠る。さらに何度か斬撃を飛ばし、死体に群がっていた魔物全てを一掃する。


 他にも空に五十羽くらいの魔物が飛び交っていたが、そいつらも飛ぶ斬撃で撃退した。


 なお、魔物を倒すと、魔物の死体は黒い霧になって消滅する。後に残るのは、魔物の強さに応じた魔石とドロップアイテム。魔石は探索者協会で換金できるし、ドロップアイテムは売ってもいいし自分で使ってもいい。ドロップアイテムは何も出ないことも多い。今回は黒い羽や爪がいくつか落ちている。


 その魔石とドロップアイテムは、生じた瞬間にふっと消える。全て、流歌が身につけている魔法のポーチに自動で収納されているはずだ。このポーチはダンジョン産のアイテムで、買うと数千万円するのだが、流歌はダンジョンで自力で見つけた。



:当たり前みたいに斬撃飛ばすのおもろい。


:ウタちゃんのスキルってやっぱり不思議。普通の剣術スキルで身につく飛翔斬りとは違うんよなぁ。


:あのデスバードを瞬殺していくの、どう考えてもバグってる。


:ウタ姫かっこいいです!



(……私のスキルは、剣術ではなく幻想剣術。色々と勝手が違う。でも、それを公表する必要はない)



 流歌はコメントに反応せず、魔物が群がっていたモノに近づく。



「ああ、良かったです。ちゃんと死体がありました。蘇生には十分な量が残ってますね」



:何も良くないくらいの無惨なバラバラ死体、きましたわー。


:生き物って、分解すると地上で最も醜い存在に成り果てるよね。


:あらあらあら。見事に食い散らかされてますねー。でも、全身骨格がちゃんと残っているので蘇生は可能です! ウタ姫、回収頑張ってください!


:ダンジョンの特殊清掃員、乙。



 リスナーの皆も言っている通り、見つかったのはバラバラになった人間の死体。


 捜索対象者は一応女性のはずなのだが、この死体からはもう性別もわからない。


 肉片のこびりついた骨が打ち捨てられている姿は、実に哀れである。


 ちなみに、流歌のダンジョン配信はDTubeというサイトを利用しているのだが、グロの規制についてはオンオフの切り替えが可能だ。エンタメ目的の配信者は規制ありにして、自動でモザイクをかける。しかし、流歌の場合は事情が違う。死体回収時に悪いことをしていないと証明するための配信なので、途中でモザイクがかかっては困る。故に、規制なしに設定している。



「死体を荒らしたのは魔物だけみたいですね。荷物はそのままです。これなら、蘇生したこの探索者から訴えられることもなさそうです。早速、死体を回収していきますが……」



 回収作業は、遺体と荷物を寝袋のような袋に詰めるだけ。清掃業をするわけではないので、そう長くはかからない。


 ただ、素手で遺体を触りたいとは思わないので、流歌は厚手のゴム手袋を付けて死体を回収していく。


 ぐちゃ、ぬめ、びちゃ、という感触が気持ち悪いが、もう慣れたものだ。



「もう少し待って、骨だけになった頃に来れば良かったですね。中途半端に肉が残っていると、本当に気持ち悪いです」



:仏様を前になんてことを……。


:そんなこと言ってるから万年Bランクなんだぞ? いや、本質はそこじゃないってのはわかってるけどさ?


:キモいものはキモいですよー。仕方ないです。蘇生する側だっていつもうんざりしてるんです! 皆さん、もっと綺麗に死んでください!


:あれ、もしかして蘇生担当いる?



「私の発言とか態度に文句言ってくる人いますけど、わざわざこの配信見に来てるだけで、もう人類最悪レベルで頭おかしいですからね。人類不適合者って自覚して、自分の倫理観のなさを反省してください。ちなみに、私をウタ姫って呼んでるの、この幻陽のダンジョンで蘇生を担当してる変態聖女様ですよ。私は姫なんてガラじゃないんですけど、そう呼びたいらしいです」



:俺はウタちゃんの静かな毒舌を聞きに来てるんだ!


:そうだそうだ!


:痺れますよねー! ウタ姫! もっと罵ってください! はぁはぁ。


:ここ、マジで人類最悪レベルの変態しかおらん。



 ボソボソとリスナーと会話している間に、遺骨と遺品の袋詰が終わる。



「さ、それじゃあ、ぼちぼち帰りましょうか。落とし物はないですね? あったらちゃんと知らせてくださいよ? なんのために配信してると思ってるんですか?」



:ないと思うよー。


:倫理観の落とし物、その辺に転がってない?


:死体回収人のお仕事は以上ですね! 帰り道、気をつけてください!


:まぁ、今回は割とソフトな内容だったな。始めから死体だと、見捨てるシーンがなくて物足りない。



「あの死体を見て物足りないとか、病院行った方がいいんじゃないですか? 真剣に」



 念のため、もう一度周辺を見回していると。


 地面が急に揺れ始める。



「地震……? あ、違いますね。やれやれ、面倒な奴が来ちゃいました」



 岩山の陰から、巨大で厳つい、土色のトカゲが現れる。全長は三十メートル以上あるだろうか。一歩足を動かす度に、地面がゆらゆらと揺れている。



:アースドラゴン来たー!


:何あれ、でっか!


:ウタ姫、ピンチですね! ワクワク! ワクワク!


:あれ、Aランクの探索者でも逃げるレベルだろ。ソロじゃまず倒せん。Sランクならソロでもいけるんかな?



「……あのでっかいトカゲ、この階層でも滅多に出現しないんですけどね。ちょっと運がありません。うーん、ちょっと邪魔なので、死体は一旦置いておきましょう」



 流歌は死体の入った袋を一旦地面に置く。


 それから、再び血戦鬼の剣を構え、大トカゲに向かって走る。大トカゲが足で流歌を踏み潰そうとしたり、土魔法で押しつぶそうとしたりするが、流歌はそれらをさらりと避ける。



(今日は双剣を使うまでもないか。……幻想剣術、巨人の剣)



 流歌の体から、大量の魔力が抜ける。その魔力は血戦鬼の剣に集まって、十メートル以上にもなる剣を形成。



「一撃で終わらせましょう。っていうか、そう何度も使えない技だから、一撃で仕留めないといけません」



:出た! ウタちゃんの必殺技! 名前は知らん!


:まじでこれなんのスキルなん? 剣術スキルを極めたら、そんなこともできるわけ?


:いけー! ウタ姫ー!


:え? アースドラゴンを一撃で屠るつもりなん? 正気?



 流歌は、装備している天駆鳥の靴を使って空中に足場を作りつつ、大トカゲの首に接近。音速を超えて剣を一閃し、その首をすっと切り落とす。


 大トカゲの巨大な首がずれて、そのまま落下。地面がまた大きく揺れた。


 流歌は、少し遅れて地面に着地し、剣を鞘に納める。


 コメント欄が盛り上がっているが、面倒なので流歌はろくに反応もしない。


 リスナーとしてはもっと盛り上げてほしいところだとしても、流歌は本当に人気などどうでもいい。今も同接は百人程度だが、それだけ見ていれば十分だ。



「さて、また大トカゲが来ても大変なので、さっさとずらかりましょうか」



 流歌は淡々と述べて、もう一度死体の入った袋を担ぎ、その場を離れた。

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