死体回収人のトラウマ配信、ご視聴は自己責任でお願いします。

春一

第1話 死体回収人

「人類不適合者の皆さん、こんばんは。万年Bランク探索者で、一部では死体回収人なんて呼ばれてるウタです。いつもご視聴いただきありがとうございます。

 五月十五日水曜日、ダンジョン配信を始めます。今夜の緊急依頼は、地下七十一階で消息不明になった探索者一名の捜索です。帰還予定時間を過ぎても帰らず、連絡も取れないそうですね。

 まぁ、こういう状況ではまず間違いなく探索者は死んでるんで、いつも通り死体回収が本当のお仕事になると思います」



 幻陽げんようのダンジョン、地下七十一階に繋がる扉の前にて。


 探索者名ウタ、本名恋泉流歌こいずみるかは、淡々と状況を告げる。これから激しく動き回ることになるので、軽く準備運動もしておく。


 なお、探索者名というのは、探索者が本名とは別で持つ名前のこと。本名そのままにしている者もいるが、大抵は本名にちなんだ名前をつける。個人情報保護のために探索者協会が義務付けたことだが、配信をする者は配信でも使っている。



「念のため言っておきますが、この配信ではグロ映像が流れる可能性があります。ご視聴は自己責任でお願いします」



 カメラ目線も意識せずに話すが、流歌はリスナーからの好感度など意識していないので問題ない。


 流歌の周囲では、『妖精型配信用無人飛行機』通称フェアリーが飛び回っていて、流歌を撮影している。フェアリーは魔道具の一つで、その外見は妖精の羽が生えた五センチ大のガラス玉。流歌は仕組みを知らないが、スマホと連携して探索映像をネットに配信してくれるし、自動で流歌を追尾してくれる。一日分くらいは映像記録も残してくれて、何かと便利な代物だ。


 フェアリーも便利だが、流歌が左耳につけている銀色のカフスも、配信には必携の魔道具。


 こちらもスマホと連携していて、流歌の声を拾ってくれる他、配信についたコメントなどを流歌の視界に映し出してくれる。脳内に直に映像を流し込む仕様で、スマホ以上に高度な技術の結晶だ。例によって、流歌はその仕組みなどさっぱりわからない。


 とにかく、いちいちスマホを見なくてもコメントに反応できるのは便利だ。戦闘などで邪魔になると思ったら、即座に表示をオフにすることも可能。



:今日もトラウマ配信確定かー。ワクワク。


:トラウマ配信とわかっていて集まる俺ら、クズすぎて笑えない。笑うけど。


:死んでたとしても、どうせ魔法で生き返るんですから問題ありません! ウタ姫! 死体回収、頑張ってください!


:ダンジョン内の死は本当の死じゃない。ゲームの中の死と似たようなもん。



 色々なコメントが流歌の視界を流れていく。少し煩わしくはあるが、慣れているので探索に支障はない。


 そして、コメントにもあるように、ダンジョン内の死は、本当の死ではない。ダンジョン内で死んだ者は、蘇生魔法で生き返ることができるのだ。


 肉体が完全に消滅していたり、死体が行方不明になったりするとそれも無理なのだが、基本的には生き返ると思っていい。肉体の二割が残っていれば蘇生は可能だ。


 だから、捜索対象が死んでいるだろう状況でも、リスナーはお気楽に見ていられる。不謹慎な連中というわけではなく、死んでいたとしても本当に大したことではないのだ。いっそ、怪我をして苦しんでいるというような状況より、死んでくれている方が見ていて気楽である。



「それじゃ、そろそろ出発するんで、酔わないように気をつけてください」



:ウタちゃん頑張ってー!


:たまには仮面を取ってくれてもいいんだよ?


:ウタ姫、気をつけてくださいね!


:ウタちゃんの剣技に期待!



「仮面を取るつもりはないんで、それは期待しないでください。ついでに、別に美人でもないので、そういう意味でも期待しないでください」



 流歌は白い狐の面を被り、僅かながら身バレ防止の対策をしている。ただ、地上では普通に顔をさらしているし、白のバトルクロスや双剣はそのままで歩き回ることもあるので、流歌の素顔を知っている者も少なくない。


 ちなみに、流歌の年齢は十九歳だが、公表はしていない。する意味も感じない。ただ、自分が女性であることは、声、体格、ポニーテールの黒髪からわかってしまうことだ。



「では、出発します」



 流歌は地下七十一階への扉を開く。


 先程までいたのは、洞窟のような内装の少し広い空間だった。転移陣の間とも呼ばれ、中心に転移用の魔法陣があり、地上から一気にそこまで降りられる仕様。


 なお、最初の探索は一階ずつ降りていく必要があるが、一度来た階層なら自由に行き来できる。


 扉の向こう側は、果てしなく続く荒野。赤みがかった土と点在する岩山が特徴的。


 さらに、この階層には魔物がうじゃうじゃいる。


 五メートル大のトカゲのような魔物の群れが、流歌の姿を認識した。


 その途端、魔物たちは一斉に流歌に向かって走ってくる。



「……全く、ここの連中は好戦的ですね。爬虫類は苦手じゃないんで、まぁ、いいですけど」



:流石、地下七十一階。容赦ない魔物の群れ。ちなみに、爬虫類じゃなくてリトルアースドラゴンな。


:Bランク探索者が入る場所じゃないんだよなぁ。


:ソロで地下七十八階まで到達してたら、普通、Aランクにはなるはずなんですけどね。ウタ姫がおちゃめすぎて笑いますわー。ケラケラ。


:人格面の評価でBランクどまりとか、ウタちゃんくらいじゃね? まじ鬼畜のウタちゃん。



「……好き勝手言ってくれますね。別にいいですけど、代わりに、ちゃんと私の配信を見ておいてくださいね。いざとなったら、私が何も悪いことをしていないって証言してください。死人の荷物を勝手に漁ったり、貴重なアイテムを盗んだりしてないって」



 流歌は、探索時にいつも配信をしているわけではない。配信を伴うのは、主に死体回収の仕事をするときだけ。その理由は、自分の潔白を証明するためだ。


 死人は生き返るが、死んでいる間、その人には意識がない。そうなると、死んでいる間に金品や貴重な品を盗まれてもわからない。だから、死体を回収した者が何か悪さをしていないかと、気になってしまうもの。


 変に疑われるのを防ぐ方法の一つが、このダンジョン配信だ。映像記録も残るし、リスナーも証人になってくれる。


 さておき、流歌はリスナーのことは放っておいて、荒野に駆け出す。


 あの魔物の群れをいちいち相手にはしない。倒すのは難しくないが、時間と手間がかかってしまう。一応は急いでいるので、相手にする場面ではない。


 トカゲの群れが突っ込んでくるが、流歌はそれをひょいと跳んでかわす。そのままトカゲたちの頭を足場にして駆け、群れを飛び越えて地面に着地。再び荒野を行く。



:呼吸をするように絶技を見せるウタちゃん、やっぱりすげーわ。


:普通はどっかでドラゴンに食われるところなのにな。


:ウタ姫、かっこいいです!


:ウタちゃんの実力、底が知れないよな。本気出したらソロで地下八十階以降も行けちゃうんじゃない?



「……まさか。ソロでそこまで深くは潜れませんよ。地下八十階以降はまた難易度が大きく上がるらしいですし」



 コメントを返しつつ、実のところ、流歌は地下八十階以降にも既に足を踏み入れている。



(本当は地下八十六階までソロで到達してる、なんて言う必要はない。自分の実力の全てをさらすのは、探索者にとって危険なことなんだから)



 そんなことを思いながら、流歌は荒野をひた走る。

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