19-3-2 /The_Master_Protocol

【ID】

19-3-2

第19回/第三会場/No.2

【結果】

かなり尖った作品だったため、一気に得票数が下がった模様。でもこれでいいです。悪目立ちするためのタイトルと本文だった、と言ってもいいくらいだったので。

【あらすじ】

トラックにひかれ、治療もまともに受けられず植物状態になった姉ちゃんが、元気に歩くところを見たい。その一心で、俺はとあるゲームのテストプレイに参加する。




どんなに欲と野望にまみれた願いでも叶う。たとえ、自分に都合の悪い人間を皆殺しにしたいなんて願いも。このゲームで勝ち残りさえすれば。




全ては自分の発想力と、とっさの機転次第。条項コードを詠唱し、条文プロトコルを生み出す。頭脳のぶつけ合い。そこに介入する、全ての条項を自在に扱える絶対的存在。




何を武器にし、どのようにして勝ち残るかは、プレイヤー次第だ――


【余談】

「一度くらいは英文タイトルでクッソかっこつけた中二作品を書きたい」――一番最初に小説を書き始めた時、そう思っていました。それをここで叶えることができました。

書き出し祭りに持ってくるにはあまりに情報量が多く、難解な設定。普段小説を書く時にはなるべく情報を小出しにして、読者は基本何も覚えられないということを意識しているので、かなり暴走した作品だという自覚はありました。ただ、こういう非常に好き勝手やった作品でも支持してくれる人はいるのか、という実験のために、あえて提出。結果0票ではなかったので私の勝ちです。

この作品、実は連載するかどうかまだ迷っている段階です。というのも、今別で書き溜めをしている長編があり、それの続編としてこの連載をやってはどうか、と考えているのです。難解ですが設定自体は結構好みで、高度な頭脳戦を実現できる舞台ではあると、私自身魅力を感じているので。実現しない可能性もまあまあありますが、もしかしたら連載にするかもね、くらいの気持ちで今は捉えています。やっぱやーんぴ、となったらその時はすみません。


【本文】

「/bind_“223523788094”_1m」




 圧倒的な上位存在から放たれる、冒涜的な条文プロトコル。抗うことは許されない。条文が承認された時点で、絶対的な効力を発するからだ。俺は圧倒的な力を示す「姉だったもの」を前にして、金縛りにあって体を動かせず、まともな条項コードを紡ぐことすらできなかった。




「……/swi」


「もうよい。今の貴様に、我を越す力は生み出せぬ。大人しく、見ておればよい」




 何かがおかしい。この「ゲーム」は、俺の想定していたのと違う。誰もが平等に、上に立つ支配者となり得るその可能性は、今この瞬間をもって叩き潰された。




「/rewind_”223523788094”_1h」




 この一時間で得たわずかな力で、俺は時間を巻き戻す。巻き戻したとて、今度上手くいく保証はまるでない。それでも、戻さなければ。俺、いや俺たちに、永遠に勝ち目はなくなってしまう。











一、はかない失望と、純粋な野望を抱いた者だけが、このゲームへの参加を許される。






「……残念ながら。お姉さんが目を覚ます可能性は、ほとんどないと言ってよいでしょう」


「そんな」


「これから、お姉さんの体はゆっくりと役目を終えてゆきます。しかし耳は最後まで聞こえると言われています。思いつく限りの言葉を、かけてあげてください」


「……ッ」




 姉ちゃんが居眠り運転のトラックの下敷きになる事故に遭ってから一年。結局一度も目を覚ますことなく、植物状態になった。父さんも母さんもすでにこの世にはいない。まだ大学生の俺にたった一人残された肉親すら、もうあと少しでいなくなってしまう。どうして俺ばかり、こんなに不幸な目に遭わないといけないのか?




「何だっていい……姉ちゃんが生き返りさえすれば」




 たった一つ、姉ちゃんが元通りになる方法があった。この現実世界をベースに展開される、とあるゲームのテストプレイ。勝者になれば、願いを一つ叶えることができる。どんなに無謀で大規模でも、あっという間に叶えられてしまう。俺が頂点に立てば、次の瞬間に姉ちゃんを元気に走らせることだって可能なのだ。




「そうだ、簡単だ……ゲームに勝ちさえすりゃ」




 姉ちゃんだって金があれば、トラックにひかれようが難なく治療できた。それができずに死の淵をさまよっているのは、俺たちが「与えられない」側だからだ。金がなければ、まともな治療は受けられない。ほんの小さな出来事のちょっとした分かれ道ですら、まともな選択権がない。






一、このゲームには、身体的特徴や財力などによる参加制限は存在しない。規定者は精神的背景によってのみ、束縛を受ける。






 だがこのゲームは違う。誰でも下剋上ができる。ピラミッドの頂点に居座って、ふんぞり返っている連中を蹴落とし、地の底に追いやることができる。どんなに浅い失望であろうと、どんなに邪悪な野望であろうと、それはゲームへの参加を拒まれる理由にはならない。そんな誰もが羨む頂点を目指すゲームが、もう始まろうとしている。






一、ゲーム開始前に、各人に諸機能を付与するための説明会が催される。ゲームへの参加表明をしたにも関わらず、説明会に参加しなかった者はその時点で脱落となる。






「なるほど? 加納かのう君も、ベータ版参加者なんだ」


「……なんでここに」


「そりゃ、私だって失望やら野望やらがあるもの」


「……あんたにそんなもんがあるとは、思えないけど」


「失礼な」




 東京第十三会場に着くと、知り合いがそこにいた。大学で同じ学科の三島みしまだ。童顔で性格も悪くなく、ウルフカットのよく似合う逸材だが、それは黙っていればの話。しかも俺のどこを気に入ったのか知らないが、やたらと粘着してくる。別に俺から好意を向けたつもりは少しもないのに、三島は俺を見るといつも妖しい目線を向けてくる。




「条項はシンプルかつ明確であるほど強い。条文は目的についてくる思念が大きいほど強い。そして私は、最強の規定者になる」


「は?」


「もうこの世界に、人間なんてものは要らない。加納君も、そうは思わない?」


「……なんだ、それ」


「よかったら協力してよ。加納君ならこの失望と野望に共感してくれるはずだし、協力してくれると思ってるから」




 勝手に言うだけ言って、三島はAirDropで連絡先を共有、いや押しつけてきた。代わりに強請ゆすられる形で俺の連絡先も召し上げられる。人間を皆殺しにするなんて正気か?正気だとしたら、いったいどんな出来事があればそんな発想に至るというのか。




「そういうのは趣味じゃないんだよ」


「お姉さんが助けられればそれでいい、って感じ?」


「なんで……知ってんだよ」


「規定者としては当然? 他の規定者の情報は把握しておくべきというか。加納君なら、遅かれ早かれこのゲームにたどり着いてただろうし。それに、私に協力してくれないなら、一番に抹殺すべき敵でしょ」




 三島の声色が変わる。その間に説明会は終わり、未知の力――世界をどうにでも変えられてしまいそうな、そんな予感のする勇壮な力が全身に満たされてゆくのを感じる。俺を最短経路で殺すための構えを三島が取ったので、即座に編み出せる条文を脳内で練る。




「/break_“riku_kano”」


「/fill_air(define_““riku_kano””)_-"riku_kano"」




 条項の複雑さと回りくどさは圧倒的に俺の方が上だが、条文全体に乗っかる思念の強さも俺の方が上だ。条項を脳内で唱えて完結させ、条文として承認させる。そのプロセスも、何とか三島の条文発動までに間に合った。






一、規定者は条項を詠唱して条文を完成させ、運営者に承認させることで能力を発動できる。承認された時点で、条文が周囲に及ぼす影響度に応じて、規定者の所持ポイントが消費される。






 純粋に「加納理来りく」を破壊する条文を組み上げた三島の消費ポイントは、とてつもなく大きいはずだ。殺人は最も多くポイントを消費する行動の一つ。対して俺は、「加納理来」がいた場所を空気に置き換えて、その空気を「『加納理来』」という名前であると定義し、さらに自分を少し後ろに瞬間移動させた。結果、三島は自分の周りの空気を破壊したことになり、酸欠を起こした。みっともない形でも隙を作ることに成功した俺は、その場から自慢の足を使って逃げ出す。




「俺の力は『空間系』……解釈次第、ってことか」




 まだ三島の力がどんなものかは分からない。ただ、あれであっさり死ぬような女でもない。俺の直感がそう告げていた。しかしゲーム開始時に規定者に等しく与えられたポイントを早速消費させられたせいで、今の俺は何も行動できない。






一、あらゆる条文はポイントを消費する。ただしいずれの系統の力でも、生産されるポイントが消費ポイントを上回る条項が存在する。






 ポイントを自らで稼ぐ方法、それが何かは分からない。特に俺の力は、空間操作に関することなら自由度が高いが、それだけだ。生きていくのに最低限知っておかなければならないことだけ頭に詰め込まれて、後は勝手にしろと雑踏に放り出された気分。そしてやはり、後ろからひたひたと迫ってくる恐怖。何とか消費ポイントが少なく、かつ三島を足止めできる条項がないか頭をひねる。何とかごまかせやしないかとレンガ造りの喫茶店の建物の陰に隠れて、来た道の様子をうかがう。少し顔を出してみる。その時だった。




「/recgn_“223523788094”」




 低くくぐもった、しかし確実に女性のものと分かる声が背後からした。三島ではない。もう長い間聞いていない、懐かしい声色。それが分かってから、遅れて驚きがやってきた。




「姉、ちゃん」


「なるほど、我を我として認識していない……我はこの娘と完全に同化はしていないのだな」


「……は?」


「なに、気に留める必要はない。貴様は以前と同様に、我を貴様の姉と認識しておればよい」


「誰だ……姉ちゃんじゃ、ないのか」




 しゃべり方が尊大で、姉ちゃんとはまるで違う。しかし姉ちゃんの代わりに誰がその体を操っているのかは、全く分からなかった。




「この体は貴様を肉親だと言っている、いずれ立ちはだかる障壁は破壊するべき……しかし我も折角万能者マスターとして千年の隔たりをもって降り立ったのだ。もう少し、この体を楽しまねばならん」




 とっさにさっきと同じ条項を紡ぎ出すが、姉ちゃんだったものが承認まで終えて繰り出す方が遥かに早かった。いや、承認作業すらしているのかどうか怪しい。




「/bind_“223523788094”_1m」




 一分もあれば、俺の元から逃げ出すのは容易いということ。俺を個人番号で識別し拘束した後、姉ちゃんの体はふわりと浮き上がり、だんだんと薄れてゆく。




「見させてもらおう。貴様が他の規定者をなぎ倒し、我の元に来るまでの過程を。現代ではどのような条項が見られるのか、楽しみだ」


「待て……姉ちゃんを」




 もう何度も、一時間戻すのを繰り返した。何度やってもこれだ。今の俺の力ではどうにもできないことが、よく分かった。もう戻すことに意味はない。




「カノウくぅん……どこぉ?」




 今度こそ、三島の声だ。ゾンビのようなねっとりとした声。足止めではどうにもならないか。俺は覚悟を決めて、条項を脳内で練り上げる。




「来い、三島……まずはお前から、ポイントを盗んでやるよ」

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