書き出し祭り参加作品について語るかもしれない<奈良ひさぎ>
奈良ひさぎ
2-4-2 仮想都市の警察官~実像のない東京と、感情のない少女~
【ID】
2-4-2
第2回/第四会場/No.2
【結果】
会場・全体ともに下から2番目……とかだった気がする
【あらすじ】
※第2回当時はあらすじ掲載がなかったので、連載時のあらすじ
困っている人をいつでも助ける優しい人を夢見て上京した新米警察官、淀川。ある日突然彼のもとに、アンゴウ・リサと名乗る少女が現れ、半ば脅されるようにして一緒に暮らすことになる。そして知ることになる、東京の現状。
東京には実像がない。少女には身寄りがない。およそ人らしい感情がない――。
そんな彼らを、普通の武器では倒せない怪物が襲う。しかしふとしたきっかけで二人の力が合わさった時、どんな敵にも負けない強さが生まれる。そして一つ一つ、少女と世界の謎が明らかになっていく。
これは”実像を失った”仮想都市・東京で未知の敵と戦うバディが織り成す、超未来SF。
【余談】
奈良ひさぎの書き出し祭り参加歴は実は結構長く、2018年ごろに開催されていた第2回が初参加。のちに長編5作目として発表した作品のプロトタイプを出しました。
当時はなんとなく設定が固まっていたものの、「情報密度の高いところから急にあっさりオチをつけてしまう」奈良ひさぎの悪癖が出てしまい、結果非常に難解な書き出しとなってしまいました。連載時には改稿したうえで第一話として出しましたが、今回はあえて改稿前のものを出します。
ちなみに、「i^2=-1」の概念を拡張して、東京駅地下に800万人分の体のコピーを保存して虚構世界を実現させる、というのが本作品の世界観の根幹をなす概念ですが、ある種ぶっ飛んだこの発想が今の作品作りにも生きているような気がします。
【本文】
西暦二一二〇年。かの有名なネコ型ロボットが暮らす二十二世紀が始まって二十年。史上二回目の東京オリンピックが開催されたのがもはや、百年前というこの時代――
『……東京都二十三区に非常事態宣言が発令されました。これより、許可なく二十三区内へ立ち入ることを禁止します。宣言が解除されるまでは、生命維持に最低限必要な食糧等を節約してください』
それは前触れもなく、突然訪れた。何でもないとある一日を境に、東京二十三区は突如火の海と化した。東京都全体が燃えて、特に被害が大きかったのが二十三区――というわけではない。どういうわけか島しょ部とか、奥多摩地域は無傷で、二十三区だけが狙いすましたように焼け野原になったのである。世界の中でもトップレベルに発達し、人口集中の著しかった大都市・東京は、一瞬にしてその機能も雄姿も失った。
「東京二十三区はこの百年で食糧や生活用品の供給を完全に区域外に依存するようになった。そんな非常事態宣言なんかして窮地に陥るのは二十三区の方だ。最悪このまま、廃墟になる可能性もある」
多くの人がそう思い、また発言した。ただでさえ人口減少にどうブレーキをかけるか考えあぐねていた日本の衰退が加速する、とまで断言して本を出した評論家までいた。実際その年の日本経済は大きく傾いた。株価に為替レートは大暴落し、その混乱は昭和恐慌の比ではなかった。政治の中心はいったん横浜に移され、そのことで余計混乱が生じた。失業者が急増して、日本の誇るべき点の一つだったはずの治安の良ささえどこかへ行った。
「いや、あれは奇跡だ。奇跡以外の、何物でもない。過去どんな災害も、これだけの時間で完璧に元の姿を取り戻すことはなかった」
東京二十三区は復興不可能とまで言われた。それほど破壊し尽くされていた。しかしその日から二年経つ頃には、なんと二十三区は元の姿を取り戻した。人で溢れる、高層ビルの立ち並ぶかつての東京。ひっきりなしに電車がやってくる、せわしない都会の姿。
一つ変わったことがあるとすれば、”以前の東京”はもはや存在しないということ。文字通り、実体としての東京を取り戻すことはできなかった。
今僕たちが見ている『東京』は、見ることはできても決して触ることのできない、幻影に過ぎない――
『将来の夢を、自由に書いてください』
作文の時間でこんなことを書かされた記憶がよくある。自由に書けと言われて書けるもんか、とも言いたくなる。こんなことを大真面目に書かされるのは小学生の頃がほとんどで、そんなチビッ子の時期から将来やりたいことが決まっている子なんてそうそういないのだ。少なくとも僕の友達はみんな、適当に特撮ヒーローやその他なれるはずもないものを書いて出していた。それで再提出にならないのだからやっぱりどうしてこんな宿題を出してきたのか分からなかった。
「それで? ヨドは何て書いたの」
「え? 僕は……」
だけど僕は違った。僕にはずっと小さい頃から、夢があった。他の誰がどんなことを言おうと、その夢は揺るがなかった。
「警察官ですか……しかも、これだけ立派な理由が。淀川くん、頑張ってください」
僕は警察官に、ずっとなりたかった。今では小さな理由かもしれないと思うけど、迷子で帰れなくなって、その場にうずくまって泣きじゃくるしかなかった僕をおまわりさんが助けてくれた。そういう記憶はいつまで経っても色あせず残るものなのかもしれない。僕はそういう、困った人を助けられる警察官になりたかった。そのことを先生に言えば、いつもそうやって褒められた。
『警視庁警察官採用試験』
二一二三年、三月。僕は警察官になるための第一歩を踏み出すために、大阪から東京に出てきた。どうしてわざわざ大阪から出てきたのか。それは簡単だ。警察官とかそんなことは関係なく、都会に憧れていたから。警察官になりたい、でも都会で暮らしたい。その二つの夢を上手に組み合わせた結果、東京で警察官になる、と決めただけだ。
僕はここまで警察官になりたい、と息巻いておきながら、体力にそれほど自信がある方ではなかった。全くできなかったわけではないけど、それほどできるわけでもない。運動会の騎馬戦なんかもできれば一回戦で早めに倒れておいた方がいいか、と考えてしまうようなタイプ。警察官になりたいと考える以上採用試験というものを最初に受けることは調べていて、それだけに体力試験で落とされるのではないか、という不安があった。
「けどここまで来た以上、やるしかない」
僕は大学の卒業が確定する前から、張り切って東京に出てきていた。それは十何年と抱き続けてきた自分の夢を叶えられるチャンスを逃せないと、やる気に満ち溢れていたからだ。そのためならいてもたってもいられなかった。しかしいざ申し込みをするためにホームページを見た時、僕は愕然とした。
「……ない。体力試験も武術の話も、一切ない」
僕がそれまで警察官に対して抱いていたイメージ。それは優しいだけでなく、強さも持ち合わせているというものだった。犯人を逮捕するのに力や武術の心得がなければ、拘束するどころかこっちが死んでしまう。幼いながら僕は、そのことはよく分かっているつもりだった。特に東京なら、そういう体力がモノを言うような場面も多々あるだろう。ところが警察官になるのに適当な体力が必要だ、という話を書き忘れたわけでもなく、意図的にそれに関する記述をしていない、という方が正しかった。僕はワンルームの床に寝そべって画面とにらめっこしながら、首をかしげざるを得なかった。
「ま、いいか。ないならないで、別にいいや」
だが残念なことに、僕にはそういう予想外の出来事があった時、よく考えずに楽観的になる癖があった。そしてこの時も、大して深く考えることなくスルーしてしまった。それが後々僕をコブラツイストしてくるとは知らずに。
幸い筆記試験は特に問題なかったので、順々に試験に通っていって、いつの間にか警察学校も卒業していた。そこではあまりに武術を習得するための訓練の時間が少なかったので、僕は家に戻ってから何度もネットで調べて確かめた。
「警視庁だけなのか……」
適当に思いついた県警察のホームページを見たり、いろんなサイトに載っている口コミを調べてみたりした。そしてどうやら警視庁以外では僕のそれまでの想像通り、”警察官としての”必要最低限の体力を身に付ける訓練が行われているらしかった。一番日本の首都の治安を守る警視庁にしては何かがおかしいと、僕はここでようやく思い始めた。しかし、気付くのがあまりにも遅かった。
『シブヤ第五交番 配属』
警察学校を卒業した後は研修をいくらかした後、警察署の地域課に配属され、交番勤務をすることになる。それは今も昔も、それから警視庁でもそうでなくても同じらしかった。
東京がかつて未曾有みぞうの大災害に襲われ、表面的にはわずか二年で元の姿を取り戻したものの実際は幻に近く、「以前と同じような便利な暮らしができていると錯覚させる」ことで、何とか日本の首都としての威厳を保っているらしい、ということは、さすがに東京に住んでいなくても知っていた。数学や物理は中学高校の頃からサッパリだったのでどういう仕組みでこんな仮想都市が動いているのかはちんぷんかんぷんだが、どうやら東京二十三区の範囲内に入った時点でその人の脳に干渉して、「電車に乗って移動している」「エレベーターで十三階まで上っている」「自分だけが知っている暗証番号を使って、オートロックのマンションに住んでいる」などという錯覚を起こしているという。僕からすれば脳に何かされる、と聞いただけで無条件に身震いしてしまうのだが、東京で暮らすようになっても大して頭が悪くなったとは実感していないので、どうやら大丈夫らしい。それぐらいのことしか分からない。
そうやって東京でなんとか警察官として貢献することを決めた僕の人生は、思わぬ形で狂った。少なくともおかしくなったことだけは実感しているから、絶対あいつのせいだ。そいつは僕が警察官としての仕事を始めて何ヶ月か経った頃になって、急に僕の家を訪ねてきた。ずかずかと部屋に上がり込んできておいて、そいつは僕にこう言い放ったのだ。
「私の家が消えてなくなった。縁もあることだし、今日からここで住まわせてもらうことにした」
許可なんてしていない。そんな縁もゆかりもない、おまけに礼儀もないような子と一緒に暮らそうなどと僕は絶対に言わない。それなのに、いきなりそんなことを言われたのだ。僕の家なのに。
最初から悪い予感はしていた。社会人になりたての僕と、やっと中学生になったばかりくらいの歳の女の子が一緒に住むなんて、どう考えてもトラブルしか起きない状況だ。
小さなトラブルが積み重なって、いつか大きな、どうしようもないトラブルが起きる――とすれば、それは今だ。罪を犯した人間を追いかけるのが仕事の警察官である僕は今、その少女と一緒に必死に逃げていた。走れども走れども一つも変わり映えしない景色を見せる東京の街を、僕は逃げ回っていた。
「なかなか足が速いじゃないか。大して鍛えてないって話だったのに」
「バカ、そんなこと言ってる場合かよ! 追いつかれたら死ぬぞ!」
こんな危機的状況下でさえ、少女は冗談をほざいていた。僕の切羽詰まった声などものともせず、むしろこの状況を楽しむかのように笑っていた。
神様。いるなら答えてください。どうして警察官である僕が、追いかけられなくちゃいけないんですか――。
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