謎の箱の中身は誰も知らない…

加藤やま

第1話 黒い箱

 それがいつからあるのか、誰も知らなかった。


 決して人通りの少なくない道路の真ん中に、それは突如として現れた。

 黒い箱。

 正確には箱なのかどうか分からなかった。ただ真っ黒な立方体だった。他に表現のしようがないので箱と呼ばれた。

 箱とは呼ばれていたが、それを開けることができる人はいなかった。国一番の力自慢でも鍵屋でも手品師でも学者でも開けることはできなかった。最後には国の研究機関が調査したが、いつものように何も分からないまま元の場所に返された。


 この開かない箱はだんだんと話題になり、その中身には懸賞金がかけられた。数多くの挑戦者が名乗りを上げたが、誰も開けられなかった。そして、開けられなければ開けられないほどに懸賞金はうなぎ上りに高くなっていった。人が一生では使いきれないほどの額になった。しまいには、国は開けられた人を人間国宝にするなどと言い始めた。

 この謎の箱に某国は黙っていなかった。箱の所有者が分かっていないのをいいことに所有権を主張し始めた。この箱が誰のものかを争って、二国は緊張状態にまでなった。

 それでも箱は開かなかった。何日、何か月経っても開かなかった。緊張状態にあった二国も中身が分かるまでは停戦する条約を結んだ。再び一時的な平和が戻ってきた。

 この箱は博物館に移され、誰でも挑戦できるように展示された。何百万人が挑戦した。それでも箱は開かなかった。皆だんだん興味を無くしてしまい、とうとう見に来る人もいなくなった。時折、酔狂な観光客が挑戦するだけになった。


 ある日の閉館間際。暇を持て余した子どもがお菓子を食べながら母親に引き連れられてきた。

「箱ならお菓子と同じでふたを開ければいいじゃん」

 子どもらしい無邪気さで箱に手をかけた。子どもが油まみれの指を押し込むと、ちょうど指と同じ大きさのくぼみができた。子どもが力を入れると、まるで見えない点線に沿うように箱が開いた。

 初めは微笑んで見ていた母親は愕然とした。一方で、箱の中身への興味が抑えられなかった。箱の前で得意顔をする子どもの脇からその中身を覗いてみた。母親は後悔した。そして、にわかに湧き出した恐怖にかられて箱を閉じた。そのまま、子どもに口止めをしながら逃げてしまった。

 箱の中身を知るの母親と子どもと、遠くからいきさつを眺めていた警備員の三人だけであった。


 後日、某ネット掲示板に「黒い箱の中身」というタイトルの書き込みが作られた。しかし、それは瞬時にアカウントごと削除されてしまい、人々の目に留まることはなかった。

 真面目が取り柄だった警備員は無断欠勤が続きクビになった。


 その箱の中に何があるのか、誰も知らなかった。

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