箱に嫉妬する百合

川木

箱は恋人と比べるものではありません

 狭い場所が昔から好きだった。布団と布団の隙間にはいりこんだり、押し入れのなかに秘密基地をつくったり、机の下にはいったりしょっちゅうしていた。

きっとこれは壁を背にすると落ち着くように敵に隙を見せないようにする本能なのだろう。

 だから今も、私は心がざわついた時、落ち着かない時、狭い場所に納まるのが癖になってしまっている。自分の部屋の中での話で、誰に迷惑をかけるでもない習慣だ。だから問題ない。

 そう思っていたのだけど、今、私は問題に直面していた。


「……どうするかなぁ」


 現在、引っ越しの準備中だ。この度、恋人の真帆と同棲することになった。付き合って一年。短いようで、だけどもうデートの後に分かれるのが我慢できないくらいに思いが積み重なってしまった。

 それはいい。だけど今、一つ悩んでいることがある。目の前の箱である。寝室の隅に置いている、人間が入ることができる大きな箱。実家を出てから物置に代わる狭いスペースを、と段ボールから始まり、ついにはDIYして作った箱だ。

 二枚のすのこをずらして重ねることで通気性はありながら箱らしい見た目になっている。中に毛布を敷いてクッションやぬいぐるみも入れて居心地がよく心地よい圧迫感のある狭さを堪能できる箱だ。たまに日干しもしてきちんと管理している。

 この箱、当然ながら大きい。しゃがんで入るサイズなので身長ほど高さはないとはいえ、出入りするのにぶつからなようそれなりに大きい。蓋も作っているので見た目箱だし、普通に物入としても使える。


 だけどどうだろう。この大きさの箱を持って行って、ただのものを入れるための箱だよー、で通じるだろうか。上に座ることもできるし、結構普通に重宝もしているのだけど。その丈夫さの分、そこそこ重さもある。

 引っ越し業者に頼まないで運ぶ予定だし、そもそも個人の部屋に分かれる予定はない。不審に思われないだろうか。前に真帆を寝室に招いた時は特につっこまれなかったけれど。そもそも使うタイミングあるのかな。うーん、でも、もう使わないとしても結構愛着もあるし。捨てるのはなぁ。

 別に違法行為でもなんでもない。だけど知られるのはなんだか恥ずかしい。こういうのもライナスの毛布と言うのかわからないけれど、子供の頃の安心感を引きずっている感じがして。


「……よし」


 悩んだので、とりあえずいったん中にはいることにした。ここ最近は恋人との仲も順調であまり仲にはいることもなかったけれど、こうして入るととても落ち着く。

 蓋を閉めると昼間でも一気にほどよい薄暗さになる。クッションにもたれてぬいぐるみを抱きしめる。手触りがいい。あー、落ち着く。


 ぴん、ぽーん


「……」


 玄関ベルがなったけれど、予定にはない。また何かセールスかなにかだろう。家を出てすぐの時何度か開けてしまっていたけれど、今はもう心を無にして無視できる。


 ぶるるる


「!」


 スマホが振動しだした。真帆だろうか。箱に入る時はいつもスマホの電源を切って箱にはいれない。今回は特にそう言うつもりではなかったので電源を切っていないけど、つい癖でスマホを外に置いてしまった。


 ぶるるる


 振動が長いから通話だろう。早く出ないと。蓋を持ち上げてずらしていく。座れるくらい蓋もしっかりつくってしまったので、開ける時は慎重にしないと。慌てて出ようとすると結構危ないのだ。


 がちゃ


「え?」


 なん、いま、玄関が開いた? えっ、こわ! と思ったけどすぐに気づく。もしかして真帆なのでは? 以前体調不良でダウンしたことから一応お互いに合鍵を持っている。お互い家で荷造りをしている予定で、真帆が早く終わったから手伝いに来て、でも電話をしても応答がないから入ってきた?

 私はとっさに蓋を閉めた。


「保奈美ー、お邪魔するわよー?」

「……」


 声が聞こえて、やっぱり恋人の真帆だったことに安堵しながら、さてどうしようかと考える。

 もう蓋はほぼ開いていたのだし、物音をたてるのを承知で蓋を投げ捨てて出れば間に合っただろうに、どうして私は隠れてしまったのか。普通にばれても恥ずかしいけど、荷造り中に箱の中でゆっくりしていたなんて余計に恥ずかしいのに。


「保奈美……? え? どこにいるの?」


 私の返事がないのを不審に思ってか歩き回ったり開閉音がする。トイレもチェックされ、足音がこちらに近づいてくる。


「んー? スマホを置いて……ん?」

「……」


 気づかないでほしい、とぬいぐるみを抱きしめながら祈っていたが、祈りむなしく、蓋がゆっくりと開いた。不思議そうにしている真帆と目があう。


「何してるの?」

「う……べ、別に何も?」

「いやいや」


 まあ、無理があるよね?

 普段は蓋の上に布を一枚かけてぬいぐるみをおいて蓋をしているけど、当然そのぬいぐるみも布もベッドの上に移動しているから気づかれてしまったらしい。

 仕方なく箱から出て説明する。うぅ。一番恥ずかしいバレ方だ。こんなことなら最初から話しておけばよかった。


 私は箱から出て持ったままだったぬいぐるみで顔を隠しながら説明をした。それからちらっと顔をだして様子をうかがうと、真帆は箱の中をまじまじと見ている。


「そうなの。ふーん」


 子供か、と笑われるだろうと思っていた。もちろんそれは「子供か(でもそういうところも好き)」と言う意味合いではあるけど。逆だったら私もそう思うし。真顔で頷かれると、それはそれで反応に困る。


「ねぇ、ちょっと良さがわからないから入ってみてもいい?」

「え、いいけど」


 予想外に真帆は普通に興味を持ってくれたようだ。意外だけど、でも考えてみれば悪くない展開だ。ぼんやり一人で箱に入る時間がまったくなくなるのはやっぱり惜しいしね。

 真帆はよいしょと中にはいって中に座り込んだ。こうやって見ると体感より狭そうだ。それに箱に入っているとまるで捨てられてるように見えなくもない。


「思ったより広いのね」

「でしょ。落ち着くでしょ」

「そうね。ねぇ、保奈美も入ってきて、どうやって過ごしてるか教えてよ」

「え? いや、二人ははいれないでしょ」

「試してみないとわからないでしょ。ほら、はーやーくー」

「う、うん」


 両手をひろげて促されると、いつものようにその腕にはいりたくなってしまった。なのでそっと足から入れて真帆に背中を預ける形で足の間に入って座った。


「うっ。やっぱりさすがに狭すぎるでしょ」

「確かに狭いわね」


 めちゃくちゃ足を折りたたんだ三角座りに、ぎゅうっと抱きしめられているのと同じ密着度だ。と思ってると普通に真帆の手が回ってきて抱きしめられる。耳元に真帆の息がかかる。


「でも、狭いのが好きなんじゃないの? こういうのがいいんでしょ? 落ち着く?」

「う、うーん。あんまり」

「えー、なんでよ」

「いや、だって……どきどきしちゃうし」


 もう何度も一緒に寝ているとはいっても、普段からそんなにべたべたしているわけじゃない。基本外デートだったし。こうやってくっつけばそりゃあ意識するでしょ。

 不満そうに声をあげた真帆だったけど、私がそう答えると嬉しそうに頬にキスをしてきた。


「えー、もう、いつまでも初心なんだから。そーゆーとこ、可愛いけど」

「うるさいなぁ。真帆みたいになれてないの。それよりもういいでしょ。出ようよ。荷造りの途中だし。手伝いにきてくれたんでしょ?」

「そうだけど。でも、ちょっと悔しいから……」

「え?」


 予想外の言葉に振り向くと、真帆は拗ねたように唇をとがらせていた。蓋をしていないので当然はっきりと真帆の顔が赤くなって照れているのが見えた。


「……だって、恋人なんだから私といる時に一番落ち着くって言って欲しいでしょ。ふつー」


 まじまじ見る私に、真帆はそう言って軽く頭突きをしてきた。うっ。そう言うところはほんと、子供っぽくて可愛いんだよねぇ。箱にはりあおうと思って箱に入ったかと思うと愛おしさすら湧いてくる。

 でもそれはそれとして、この流れは箱を持っていくと嫌がられると言うことだろうか。


「真帆……じゃあ、箱、捨てなきゃ駄目?」

「思ったより居心地いいからいいけど……でも、すぐに私に抱きしめられる方が落ち着くって言わせて見せるからね」


 そっと尋ねると仕方ないと言うように私の頬に触れながら真帆はそう言って、軽くキスをした。


 そして同棲をはじめて、私が箱を捨てるまで半年かかることを、私たちはまだ知らないのだった。

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