イントツルスのミス
イントツルスは若干の驚愕を持ってその手紙を見た。
ベッサ公爵派という実質ルイーズ大公派であるその派閥はカローザス侯爵が帝都にて活動しているそれは実際どうのようなものか。
財閥ですらお飾りか、お人形か、それともちゃんとした人間なのかは下々のものにはわからないのだ。
ただの侯爵の子供だった頃ならいざ知らず、どうでもよろしい伯爵の頃でもまだいい。だが彼は新設貴族である。
お飾りやお人形に与えられる役職でないと思っても背後にいるのはルイーズ大公である。ウェラー公爵が言うにはもしあいつがブチ切れて俺を殺すといったら俺は死んでいると笑って言うほどの人間であり、本人が地位を使えるときだけ使えればいい永久定期券の如き扱いをしている異常者でもある。
さきほどルイーズ大公と同じようなものと評価を下した当人が関係を持っているとは全く思わなかった。
もしも、たかだか平民の社長程度の自分が新設貴族をあなどったと知られればそれだけで断頭台も間違いない案件である。それはリリーナ・シュツッテンファンベルクも同じ。シュツッテンファンベルクは歴史はあるが名家ではなく、新設貴族でもない。たとえ左遷時に馬車を売り込み今回のことで利益を得たとはいえ深い関係かと言われると少し疑わしい。実際の窓口はニカラだったこともありもしやというところもある。
もしも、もしも先程のことを何処かに注進すれば彼女を失脚させることができるやもしれないが……。それを匂わせればなんとなるかもしれないが、そこまで隙があるだろうか?
しかしながら、たかだか9歳であればそのような失言をしてもおかしくないのではないだろうか?
「あなたは先程ルイーズ大公と同じようなものでしょうとベッサ公爵を評しましたが、それは……新設貴族たる彼への軽視ではないですか?」
「軽視?はて……神聖帝国南西部の切り取りの大きな功績はルイーズ大公にあるとはいえますが、実行したのはベッサ公爵ですし。実際神聖帝国主力を撃破した際に戦場にいたのはベッサ公爵閣下ですが……。御身のみ撤退の具申も却下し最後は突撃に轡を並べたという貴族としてふさわしい……いえ、失礼いたしました。新設貴族になるに相応しき態度だともいますが。私は無任所大臣になる前もなった後も功績を残しておりますが未だに新設貴族の称号を授与されるという話は一切でておりません。それが?まさか私が新設貴族たる方の価値をわかっていないとでも?」
「い、いえそうは言っておりませんが」
「彼は新設貴族です。この上で神聖帝国を滅ぼすために邁進しているのであればルイーズ大公と同じようなものでしょう。どこを軽視と取ったのかお答えいただきたいのですが?年齢ですか?私も同じ年齢のときは帝都専門学校に入学しておりましたが……そのような方は年に1000人はいるでしょう?神聖帝国の主力と戦争をしたからは何人いましたかね?」
「ええと……」
ここで我々一人一人がまた神聖帝国と戦っておりますとでも返せればもう少しやりようはあったのだが、この流れでそう返せるほど彼は強気に出ることは出来なかった。
それは彼がお飾りとして周りの様子見をし続けたという性格もあるのだが……。
彼には北部左遷中にキルゴア王国と最前線で対峙した無任所大臣相手にそれを言う覚悟はなかった。
だからこそ彼は得意の詐術で戦うしかなかった。よりによって誠実にせねばいけない相手に対して……。
「いえ、新設貴族であっても我々にはどこまですごいのかわからないものでして……。すごいことはわかるのです、ですが凄さのさなど私のようなものにはわかりかねまして。公的な役職についていない以上は私のような商売人にはさっぱりでして、我々が見ているのは利益ばかりですから」
ベッサ領の汚染土輸送と馬車輸送に噛んだのもその関係であると匂わせながら無知を装う。おおよそリリーナ相手では最も最悪な手を打ったのはウェラー公爵を相手にしたような誠実にしなければ即死ぬというような脅威と恐怖、威圧を眼の前の9歳の子供からは一切感じなかったからだ。
その光景を少し離れたところで見るエスメラルダ・ブラックサルデン伯爵とニカラは和菓子を食べながら互いに気まずそうに眺めていた。
ああ、昔の私がいるな。接して戦ってみなければわからぬのであればどうにもならないのに。
そう思ったのはどちらだったのか。
リリーナは少しだけ困ったようにイントツルスを見たが、それを彼がどう取ったのかはわからない。ただ……。
「私はベッサ公爵を知りません。その……そのお手紙は本物なのですか?」
他愛もない会話のように自分の退路を断ったのは確かだった。
普段の彼ではしないような連発はなぜかと言われれば相手が高評価であっても接点少ない貴族、名家ですらない貴族。
無任所大臣として猛威を振るっていると言っても結局ウェラー公爵に負けたという印象。そして財閥にいいようにされたルブラン商会と懇意であっても我々に手を出せなかったと言う印象。
ハッキリ言ってしまえばどれだけ評価していても彼はリリーナ・シュツッテンファンベルクという人間を莫大な富の前では戦いきれないと心の何処かで舐めていた。
彼が間違えていたのは彼女は彼女が言うようにウェラー公爵に負けたのであって財閥に負けたわけではないのだ。だからこそ彼は左遷時に馬車を売り込み今回のように情報を渡されベルソンヌ財閥に牙を向いたというのに。
実際リリーナが牙を向いた結果がこれだということを理解していない。どこか妥協の産物であり、だからこそ自分を引き込もうとしているのだと安堵し、そして自分を高く売りつけようと算盤を弾いていた。与えられた側だということを忘れて、弱みを見せた相手は踏みにじる財閥の人間の悪いところが出てしまった結果でもあるが。よくあることで弱みでない部分を弱みだと勘違いしているのだから。
彼にはお飾りとして針の筵に座った経験はあった。
そこから算盤を弾いたり自分より強者の蔑みを受け流す経験は豊富であった。
だが強者が強者であることを隠して接してきた経験はない。なぜなら彼は財閥のお飾りであるから媚を売っても意味がないからだ。
強者は彼に接してこない、彼が会いに行くからだ。
つまるところ今回のことで面会を申し込んだ時点で彼は勝手にリリーナ・シュツッテンファンベルクという人間を自分の下に位置づけていた。
こちらに来いではなく面会を申し込みたいというリリーナの配慮を踏みにじったのは財閥の後継に自分が座り、彼女らが援助することを求めているのだと勘違いしていた。
まさに財閥の人間というような態度が彼の首を絞めていた。
彼はもしかしたら財閥の査問会の情報をリリーナ・シュツッテンファンベルクからもらったことすら忘れているのかもしれない。
なにせ彼の視点では財閥の不正を告発した根幹企業の社長であり、誰もが自分と関係を持ちたがり、財閥がどうにかなったときには間違いなく企業を任され席次も上がるであろうからだ。
この手のお飾りの人間は艱難辛苦の期間が長ければ長いほど、それを脱した後自分を過大評価するか過小評価する傾向にある。査問会で自身を過小評価していた彼は誰もが接触を求めてきてトマス・デューイが法的な理由で却下しつつも接触しようとしたリストを見て自身を本来よりも大きく見繕っていた。
そして自身を過大評価した彼はなぜリリーナと会えるのかも気が付かず、金か権力でねじ込んだと判断していた。それはあっているが正しくない。
もしも来たのがニカラであったら彼はこのような態度にはでなかっただろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます