第44話・薬師長に会いました
「バーノ?」
「大丈夫だよ。この子はただ、体力を消耗しただけだと思う。息はあるから」
「良かった」
「何よ。二人して。そんな気味悪い生き物に構ったりして。心配する相手が違うでしょう?」
キミドリに噛まれた場所を摩りながら、エトワルが言う。噛まれた場所から多少、血が滲んでいたが同情はしたくなかった。
「何事かね?」
「あ。先生! こっち、こっち。こっちです!」
年配の男性の声がして、その声の方に振り返ったエトワルは笑みを浮かべた。そこにいたのは、ナーリック医師と同世代と思われる、中肉中背の白髪頭の老人だった。エトワルは「先生」と呼んで大きく手招いた。エトワルに呼ばれた老先生は、ジネベラ達の側にやってきた。
「お祖父さま」
「爺さま」
「アンジェとバーノか。共にいるのは? きみは……!」
「初めまして。父がお世話になっております。バリアン男爵が娘、ジネベラです」
バーノは老先生を見て渋い顔をしたが、アンジェリーヌは平然としていた。ジネベラは二人の反応から、老先生は二人の祖父だと悟る。バーノはまさかこの場にエトワルが、自分達の祖父を呼び出すとは思ってもみなかったに違いない。エトワルを恨めしそうに見ていた。
噂に聞く先代オロール公爵との、邂逅にジネベラは緊張した。
「きみがバリアンの?」
「そうか。……に、良く似ている」
薬師長が目を細めてジネベラを見た。最後の方の呟きは良く聞こえなかったが、その眼差しは優しく慈愛のようなものが感じられた。その脇でエトワルは苛立ちを露わにした。
「先生。その子が例の問題の子です」
「ふ~ん」
薬師長はエトワルの言葉に、じっとジネベラを注視する。11年前の薬師長は、アンジェリーヌがジネベラと似た症状に陥った時に、ナーリック医師の「ヒロイン病」という診断を認めずに嘘つき扱いして、
『この症状は素人が見ても分かる。毒でも盛らないとこうはならないだろう。早く毒の解明を急がせろ』
と、言い放ったと聞かされている。そのような御方がピンク色の髪に、新緑色の瞳を持ついかにも普通ではない容姿のジネベラを見たら、エトワルのように何かご禁制の薬でもやっていると糾弾されかねないと、身構えた時だった。
薬師長はエトワルを見て言った。
「エトワルくん。きみは思い込みが激しいようだ」
「え? 先生?」
「これは魔法でも薬でも何でもないよ。ただの……、病気だ」
薬師長は罰が悪そうに言った。過去の経緯を知る三人はうなずき合った。
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