第35話・知りませんでした


 週末。ジネベラは王都の中央にあるオロール公爵の大邸宅に招かれた。アンジェリーヌから、バーノと三人でお茶会をしようと誘われたのだ。


 晴れ渡る空の下、案内されたのは幾何学模様に低木が綺麗に配置された庭園だった。緑の絨毯のように広がる垣根を越えた先に東屋が見えて、そこで手を振るアンジェリーヌが待っていた。まるでここは森の中に現れた庭園のようだ。ジネベラはため息が漏れた。




「さすがはオロール公爵家ね」


「どうしたの? ベラ」




 ジネベラの感想に、アンジェリーヌが可笑しそうに言う。




「うちのバリアン男爵家では、このような立派な庭園はなかなか持てそうにないもの。素晴らしいわ」


「所詮、人工庭園よ。お金をかければそれなりに良いものは作れると思うけど、あなたの住むお屋敷の自然の美しさには叶わないわ」


「自然の美しさ?」


「バリアン男爵家では、お屋敷の裏手にある山をまるごと所有しているのでしょう?」


「違うわ。裏山は周辺に住む領民の方々の憩いの場で出入り自由になっているから、我が家の所有ではないはずよ」


「前にハスティン爺さんから聞いたことがあるわ。先代のバリアン男爵は、自然の生き物たちを守る為にあそこの土地を買い占めたって」


「お祖父さまが?」




 ジネベラには初耳だった。自分が産まれた頃には祖父母は亡くなっていた。だから祖父母についてあまり良く知らない。知っているのは祖父が薬草学の第一人者だったということ。父はその後を継いだようなものだけど、薬草学副学長という肩書きまでは入らなかったとよくぼやいている。


 祖父も出世欲とは無縁だったようで、オロール先代公爵に「薬草学の学長」の座を押付けられたのだと父は言い、父亡き後、自分も固辞したかったのに「学長が嫌なら、副学長ではどうだ?」と、二者一択を迫られて渋々同意したのだと言っていた。




「実はね、あそこの山を買い取って公爵家の別荘を建てるために切り崩す計画があったらしいの。お祖父さまが若い頃のお話よ。それを聞きつけたらしい先代のバリアン男爵さまから、あの山には希少価値な小動物逹が住んでいる。その動物を保護したいから買い取らせてもらえないだろうか? と申し出があったらしいの。お祖父さまは自分の元まで出向いてきたバリアン先代男爵さまの行動に興味を持ちながらも、相手は所詮、低位貴族。公爵家の別荘を建てる為の予算と、同額のお金を用意出来るのならば考えてみても良いとおっしゃったそうよ。そう言えば諦めるだろうと思っていたらしいわ。でも、あなたのお祖父さまは諦めなかった」




 そのおかげで今、裏山はバリアン家所有となっているらしい。そのような裏話があったとは知らなかったジネベラは驚いた。裏山は皆のものだと思っていたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る