夢の先へ
日々いつか
第1話 プロローグ
お忙しいところ、大変申し訳ございません。私の名前は石井裕と言います。急な依頼に迅速な対応をしていただき、どうもありがとうございます。しかも直に会ってお話を聞いていただけるなんて。今は、どうしても映像に残るわけには行かないのでご不便をお掛けします。
今回、お呼び致しましたのは他でもありません。貴方が調べている事件についてです。
お話するに辺り、お願いしたいことがあります。
真実を知って欲しい。そして誤解をされて、謂れのない差別を受けている子供を貴方の手で救って欲しいのです。
どうかお願いします。もうこの方法しか私には思い浮かばない。昨今のメディアは世論操作が過ぎる。記事の閲覧数を稼ぎたいからと言って、公式発表を切り取り、発言者本人が意図していない事実を吹聴するなんて、頭がおかしい。
だから記者の中でも、貴方のようにしっかり裏付けを取り、どんな権力者にも媚びない誠意のある方に真実をお話ししたかった。
他の二十人は知りませんが、あの子だけは本物です。ヒトガタにすり替わっていない。
あの凄惨な現場を見ましたか?地獄でしたよ。私は地獄を見たことはありませんが、もしこの世に地獄があるなら、あんな酷い場所です。なのに、あそこから何とか逃げ延びた人達が病院に搬送された後、まるで生き残った事が悪い様な記事を出されました。しかも、それを鵜呑みにした人々にネット上で住所を晒され、我が家に戻れば家族と隣近所の住民に鼻つまみ者にされる。
…ご存知かも知れないですが、事件後に何人か自殺者が出ています。それも原因は記事だというのに、あたかも事件のせいと書かれて、無関係の人々は手を叩いて嬉しがる始末だ。
もう被害者達のあんな姿を見たくはない。人間はなんて汚いと嘆くのに疲れました。
すみません。取り乱しました。時々、様々な他人の思いに引っ張られて、冷静さを保てない時がある。感情を制御する訓練はしたのですが、上手く行かないものですね。
私は医師免許を持つ精神感応者です。能力は記憶の読み取りと他者の記憶をぼかすこと。はあ、記憶を改ざんする能力はありません。何なら医師免許をお見せします。お疑いでしたら、ID番号を控えて調べてみて下さい。
えっ?異能者は信用ならない。嘘ついている可能性があるって?もうこればかりは信頼していただく他ない。嫌ならコーヒーの代金ぐらいはお支払い致しますので、お帰り下さい。また別の手を考えますから。
ええ、そうです。私の診断する患者は人格や人生が変わる強烈なトラウマを持っている事がよくあります。多くは時間が解決しますが、生涯苦しむ目には見えない大きな傷になる。私の仕事は患者に立ち直る時間を与えることです。他の科と違って、すぐに効く薬なんてありません。それでも貴方のお蔭で犯罪者にならずに済んだ。現実に向き合う勇気を貰ったと言われたら、人の役に立っていると嬉しくなりますね。
実は来月で仕事を辞めます。その為、他の能力者によって近々記憶を消されることになっている。だからお会いできるのは、これが最初で最後です。本日中でしたら、もう一度お会いできるかも知れませんが。そうです。もし道端ですれ違っても私は貴方を判らない。声を掛けないことをお勧めしますよ。不審者と思われますから。
いえ、そんなに驚くことではありません。患者の個人情報保護や病院の機密保持の側面もありますが、主に自分の精神を保つためです。バカ真面目に仕事をやりすぎたせいで、AIに止められてしまいました。もう精神値が基準越えしているので、医者としての寿命というやつです。
前置きが長くなってしまいました。これからお話しするのは、あの事件で救いだされた男の子と病院に勤務していた医師の記憶です。なるべく客観的にお伝えしますが人間は感情の生き物だ。少々、脱線してしまっても大目に見て下さい。
今回の事件より三年前、何故少年が現場となった病院へ毎日通うようになったのか。そこからお話します。
ああ、そう仰ると思いました。しかし、これはとても重要なことです。事件の話だけをしていたら全容は見えてこない。どうか焦らず聞いて下さい。
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