玖話 「揺るぎないもの」

 布袋先輩が南国へ転勤してからは、もう会うことも無いだろうし、連絡もなくなるのだろうと思っていました。 

 

 ――が。 

 

 布袋先輩からは予想外の頻度でLINEがあり、その内、電話が来るようになりました。 

 私は昔から、何故か電話で話す事に対し、苦手意識がありました。お付き合いしていた方とでもです。度々、着信に気付かないふりをする程。

 なので、布袋先輩からの初めての電話は、出ようか出ないか、かなり迷いましたが、意を決して出てみました。  


 ――あれ? 


 何か、平気かもしれない。  

 それ以来、事あるごとに、布袋先輩からの電話は続きました。 

 どういう訳か、布袋先輩からの電話はどんなに長電話でも苦痛を感じる事が無く、自分でも不思議でした。 

 長い時には、四時間を超える事も。 

 なのに、あっという間に感じるという、謎の現象。 

 電話の回数を重ねる度、各々の過ごしてきた過去の話や、お互いの人生観、恋愛観など、少し深い内容の話も増えていきました。 

 そんな中、ああ、布袋先輩とは、価値観が似ているのかもしれない、と感じ始めました。  

 

 私の考える価値観とは―― 

 例えばですが、人それぞれ、自分の中に、これだけは譲れない、という「揺るぎないもの」があると思います。 

 私は若い頃、自分の中の「揺るぎないもの」の範囲が広く、付き合ってる人に対して苛々いらいらする事がありました。 

 若さゆえに、一貫していなかったのでしょう。   

 ですが、年齢を重ねる毎に、不要な「揺るぎないもの」は削ぎ落とされ、本物の「揺るぎないもの」が残りました。これがおびやかされなければ良いのですが、そういう方に私は巡り合わなかった。 

 何せ、「ダメンズウォーカー」でしたから。  


 布袋先輩とは、そこが合うんだ。  


 会話に度々挟んでくる、「やっぱり、彩緒あおさんの事、好きだなあ」という言葉も、冗談として受け流していましたが、私は気付いてしまった。  


 私も、布袋先輩に惹かれている事に。

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