第6話 風景描写 森






 ザァァァッ……


 木々の葉が揺れて、ざわめいている。


 真夜中、空には月もなければ星の一つもない。なぜなら、全ては雲に覆われ、見えなくなっているからだ。


 闇夜というよりも暗く恐ろしい様子だ。


 あかりひとつない夜ほど、恐怖心を煽り立て、虚栄心を育てるものはないだろう。


 それに、ここは森の中。木の一本一本がまるで巨大な巨人のように思われるのだ。


 木が大きいのはこの森が長い間、ゆっくりと時間をかけて成長したからだ。それに、ここらは台風などの強風が吹くことがあり、まれに木が折れてしまう。


 そんな世代交代の末に、それなりに大きい木が乱立しているのだ。


 中には、樹齢1000年を超えるものもあるようで、妖怪にでもなっていそうだ。


 木の根を足のようにして立ち、誰もいない森の中を悠々と、庭にでもいるような気やすさで歩いている。そんな光景が浮かび上がってきそうですらある。


 それと似たような話で、森は生きているということもある。それもあながち間違いではないのかもしれない。人の細胞が常に変わっていく新陳代謝をするように、森も木々が、大地が水が、新陳代謝していくのだ。


 とてもとてもスケールの大きな話だ。草の一本でも新陳代謝をしているのだから、それが森となったらどうなるのだろうか。


 草木が枯れた、生えたはもちろんのこととして、川が流れる、木々が風に揺れる。雨で大地が湿る。石が風化する。


 そんな“時間”というものを感じさせる何かが、森にはあった。


 それだけではない。森には生き物がいる。


 それに今は真夜中だ。


 そして、夜というのは動物の時間なのだ。肉食動物が獲物を捕らえるために虎視眈々と森を移動する。逆に被捕食者は、肉食動物に食われられないように、森の中で息を潜めている。あるものは隠れるようにして塒に籠り、あるものは森を静かに駆ける。


 生物の静かで、それでいて激しい生存競争が、森の中で行われている。


 彼らは生きるために、森の中を縦横無尽に走っている。


 鳥もいる。


 枝に止まり、餌である虫を探す。その中には、狩場を巡って争う鳥も見られる。


 カン高い鳴き声が、森に響く。


 不気味な声に反応して、顔を上げる獣がいる。


 様々な動物の生の営みが、複雑に交差し、一つの森という舞台で、ドラマを作り出している。


 そして、夜が明けた。


 塒に帰る動物たちの姿があった。


 森からでは、あまり太陽の光は感じられない。何せ、森と太陽の間には、一つの山があるのだ。


 山の裾野から微かに漏れ出る光しか、今は確認できない。だが、時間が経つにつれて、太陽が微かにその姿を見せる。


 光が溢れたかのように森を照らし出す。


 それは、夜の終わりを示す光であり、それと同時に朝を告げる光でもある。


 黄色、というか白というか、言葉には表しにくいその光は、人が形容するならば“希望の光”となるのだろう。


 人は、山や森を神聖視する。それは、未知のものを恐れ、敬い、祀ることから来たと言われる。


 祀ることは、神などを恐れるとともに、なんらかの利を得ようとすることもある。


 森の近くにある田畑からやってくる狩人たち。彼らは、森の神などに、祈り、生命の無事や狩りの成功を望む。


 森を恐れているからこそ、森の神に縋るということで、心の拠り所を得ているのだ。


 彼らは、獣道を歩き、獲物を探す。


 そして、300本ほどの木を横切った時、彼らは川に出た。そこには、いくつもの岩が乱立している。慣れていたとしても、この岩の上を歩いて川に近づくのは骨の折れることだ。


 向かい岸には、花畑がある。人の手が入ったのものではなく、元々、水っけの多い場所で柵という性質を持っているため、ここらに群生しているのだ。


 色とりどり、というわけではないが、同種の花々が咲き乱れる光景は美しいという言葉に尽きる。


 紫の一色。それに目を奪われるのは新人の狩人。


 古参の狩人たちは、それを誰もが通った道だと思いながらも、やはりというか花畑の光景に目を奪われている。


 そこに、一匹、白色の蝶が飛んでくる。


 それにつられたのか、川の上からこれまた白色の蝶が飛んでくる。


 二匹の蝶は寄り添うように舞い飛んでいるかと思えば、そのまま、あっという間に木々の奥へと入っていく。木を避けるために離れては、すぐにまた近づき、舞い散る木の葉のように、踊り飛ぶ。その姿は、人を誘っているようにすら感じられる。


 狩人たちからは、もはや追うこともできないほど離れたところで、なぜか再び蝶たちは川の上に飛ぶようになる。ピタリ、と濡れた岩肌の上に止まるのは、どうやら水を飲むためだったからだろう。


 すると、満足したと言わんばかりに、蝶は川から姿を消した。残された川はキラキラと太陽の光を反射させて流れている。水中の中では魚が一匹流れに逆らって泳いでいる。この川を登っていけば、森の奥深くにある山があるため、流れは激しくなっていき、穏やかな流れなど見ることはできない。ただ、水の湧き出るその近くだけは、小さな池となっており、とても穏やかである。


 その池を有する山は、大陸を横断するほど長い山脈の一部である。山脈の中ではとりわけ低い方で、だからというべきか、その山を滑空する鳥がいる。


 遠くから見ればゆっくりと、森へと飛んでいる。獲物を見逃すことのないようにと、目を細めて探す。その瞳には、獲物を狙う獰猛な気性を孕んでいることが窺えた。


 その鳥は、獲物を見つけたのか、ぐるりと旋回を始めた。


 木の枝に、カリカリと小さな音を立てて木のみを食べている栗鼠。それが獲物だろう。


 狙いを定めたのか、恐ろしい勢いで飛び込んでくる鳥。なすすべもなく栗鼠は捕えられた。


 食べかけの木の実が地面に落ち、少し転がってから動かなくなった。


 近くを餌を探し求めて走り回っていた蟻がやってくる。


 蟻は木の実を“餌”とわかると同時に、巣へと戻っていく。


 すると、数分もしない程度で、わらわらと蟻が押し寄せ、木の実の果肉を全て巣へと運んでいった。


 後に残るは食べられない種の部分だけ。


 森の中はただただ静かだった。


 その静寂を破ったのは、雨の音。


 山からやってきた雨雲が、森の上にかかり恵の雨を降らす。


 狩人たちは偶然近くにいたからと崖に開いた穴の中へ。ぬかるんだ土を嫌って、蟻たちは巣に戻り、鳥は巣の中で栗鼠を喰む。木の葉から滴り落ちる雨水に、鹿は嫌そうに首を振り、川には雨の一滴一滴がいくつもの波紋を広げた。


 ただ、その雨雲もすぐに通り過ぎていき、太陽は地平線に姿を隠そうとしている。


 狩人たちが、急いで森から出ていく。面白そうにその様子を追うのは二匹の蝶。花たちは太陽の光を受け、花びらについた水滴がこれまた風情な印象を与える。


 空は赤色に染まり、夕焼けとなる。


 ゆっくりと、ゆっくりと太陽は地平線の奥へと消えて、再び夜が始まった。






目標:2000字以上で森を表現する。


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