宝箱
タカナシ
たいせつでだいじなもの
私には、ちょっとした癖がある。
それは空き箱を見ると何かを入れたくなってしまうというもの。
ただ、なんでもいいわけではなくて、大切なもの。大事なものを入れてしまう。
たぶん、きっかけは、お母さんからもらった宝石箱。キラキラとしたイミテーションの宝石が箱の中に納まる様子に目を輝かせた。
それからは小さな箱を見つけては、大事なクマのぬいぐるみをしまったり、そもそもバービー人形なんかは箱から出さないで飾っておいた。
おかげで私の部屋は箱だらけ。
なんか、一部のマニアにはたまらない部屋になっているらしいけど。希少な箱つきだから、プレミアが、とかなんとか。
一度、母親が箱を捨てようとしたけど、箱から私の大切なものが出された瞬間、どうやら私は癇癪を起したようで、母にケガをさせてしまった過去がある。
その癖は大人になった今でも変わらず。
だけど、ひとつ違うのは、大人となった今は極力箱を貰わないようになった。
家電なんかも、電気屋さんで箱を捨ててもらってから運んでもらう。
通販なんかでも極力袋で送ってもらうようにしている。
人形やぬいぐるみもあまり買うことはなくなったし。
おかげで、家の中に箱はだいぶ減った。
ここ最近、唯一増えた箱は指輪の箱。
彼からプロポーズされてもらった、その箱には最初から大切なものが入っていて。私の宝箱だ。
※
結婚生活というのは意外と大変なものであっという間に日々が過ぎていく。
新居に引っ越す際に、私が頑なに段ボールを使おうとしなくて喧嘩になったのは今にして思えば良い思い出。
手狭なアパートだったけれど、まるで宝箱の中にいるような幸せな空間に私は毎日がキラキラだった。
彼は狭いことに文句を言っていたり、給料が少ないことを申し訳なさそうにしていたけど、私は1つも気にならなかった。
彼は早く引っ越そうと言って、忙しく働くようになり、あまり家に帰ってくることが減った。
宝箱の中から大切なものが減ってしまった気がする。
けれど、確かに2人のお金は溜まって行って、ほどなく、少し良いマンションに引っ越すことが決まった。
マンションは広々としていて、箱という感じはなく、私は内心寂しい思いだった。
マンションには当然部屋も多くて、彼とは別々の部屋にいることも多くなってきて、ますます箱じゃない。
もしかしたら彼も同じ思いだったのかもしれない。この頃から、彼の口から文句や怒声が増えた。
やっぱり、大切なものは箱の中じゃないと……。
そのうち、彼は再び忙しくなったと言ってあまり帰ってこなくなった。
マンションの家賃が高いからか、いつの間にか、2人の貯金は溜まらなくなった。
洗濯機に入れる大切な彼のシャツから、私が使ったことのない香水の匂いがするようになった。
その香水の匂いがするシャツは大切なものじゃない気がして、洗濯機という箱に入れたくなくて、そっと捨てる日が続いた。
そんなある日、彼の元に1メートル程の段ボールが届いた。
それが何かと聞くと冷蔵庫だと言う。
別々の部屋なんだし、わざわざキッチンにまで行きたくないのだと。
段ボールから出された冷蔵庫は彼の部屋に。
リビングには無造作に段ボールだけが残された。
「何か、入れなきゃ……」
でも、もうこの部屋に大切なものは何もない……。
「あっ、1つだけあった」
※
数か月後。異臭騒ぎがこのマンションで起きた。なぜか大勢の人が私の部屋に土足で上がり込んで、私の彼が無理矢理、箱から出された。
私の大切で大事な彼。大切に大事に箱に詰めたのに……。
ゆるせない。
宝箱 タカナシ @takanashi30
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