第30話 飢饉ですわ

黒バッタと赤バッタの大軍がロウレット帝国に迫るという知らせを聞いた帝国民は全員が恐怖に怯え、多くの人は何か行動をしなくてはいけないと考えながらも、何も行動が出来なかった。ロウレット帝国が前回蝗害に遭遇したのは20年前のことであり、その時も直接的な被害とその後の飢饉で大量の死傷者が出た。その後の数年間は、餓死者が出た。


遥か昔から何人もの転生者がやって来ては知恵や知識を授けているのにも関わらず、文明が進んでいない原因の1つであり、定期的な蝗害は文明の進捗をリセットする。それどころか、文明の退化すら招く。大量のバッタ群は食糧を食らい、人を食らい、果てには大事な書物や設計図、衣服や木々まで食べてしまう。人類の蓄積を、無に帰してしまう。


特に人すら食べる赤バッタは厄介な存在であり、赤バッタの比率が高い年には多くの犠牲者が発生する。体長約20センチはネズミと同程度であり、その大きさを持った大量のバッタに対処することはとても難しい。子供であれば、僅か数十分で全身骨まで食べられてしまう上に、狙われやすいのはその体格の小さな子供達だ。


1匹ずつであれば簡単に対処は可能だが、万を超えるバッタが自身へ大量に迫る光景というものは見る者を恐怖で釘付けにする。そしてその中に赤バッタがいれば、全身を貪られる。ロウレット帝国の領主達の中には、必死で冒険者をかき集めたり、神に祈ったり、慌ただしく動いたりする人もいた。


しかしリディアはこれを待っていたかのように的確な指示を出し、地下の空間に領民を避難させた。リディアは犯罪者や奴隷に対して強制労働を行わせるために大量の貯蔵庫を地下へ作っており、リディアを崇拝しているリディアの封臣達は右に倣えで同じ政策を続けている。


元々徴税で貯め込まれていた収穫物と、僅かな時間で運び込まれた食糧の数々。それは地下へ避難した民が一年間を余裕で過ごせる量であり、避難民達は避難している間、特に不自由をしなかった。


そして肝心のリディアは、赤バッタの群れを見つけるなり喜々としてその中へ飛び込んだ。先走った黒バッタの一群を見て恐怖のあまりメイは逃げ帰ったため、蝗害の群れの最前線に立っているのは領主であるリディアただ一人だ。


赤バッタ達は、裸のリディアを見て我先にと飛び付き、噛み付く。黒バッタよりも鋭利な歯を持っている赤バッタ達は、自慢の歯を突き刺そうとして、しかし歯が刺さらないことに疑問を抱く。


リディアの艶やかな肌は、大きなバッタの大きな口の中に含まれムニュッとひしゃげるが、それ以上の変化はなく赤バッタ達は噛み切れない。血が出ることも、皮膚に何かしらの異常が出ることすらなかった。ただひたすらに、赤バッタ達は噛み切れるはずの人の肌に噛み付き、リディアの肌を上下させる。


やがて赤バッタ達は、リディアを食べられない石のようなものだと判断し、リディアの身体から飛び立つ。大量の赤バッタに襲われ、全身悲鳴を上げるような痛みに襲われることを期待していたリディアは、その光景に非常に落胆し、魔剣に対し赤バッタの殲滅を命じた。


1人で狩れるバッタは群れの総数からすると少ないが、それでも大規模な火属性魔法を何度も使い、大量のバッタをリディアは燃やしていく。好奇心からリディアの様子を見に来た領民や、扉の防衛のために元々表に出ていた騎士団の面々の一部は、そのリディアの姿を遠目から見ており、裸一貫で蝗害に立ち向かう姿に神々しさすら感じていた。


「おい、聞いたか!バッタ達が去ったらリディア様は倉に貯めた食糧を全部売るってよ!」

「しかも食糧を買えない人間にはちゃんと食糧を渡す仕事を作るそうだ。どうやら飢えることはなさそうだぞ」

「この街は入り口をリディア様が守って下さっているから大丈夫だ!家財を全部食べられることもない!」

「蝗害が起きて村民達が飢えることがないとは……リディア様には感謝してもし尽くせぬ……」


暴君を目指しているリディアは、蝗害が終わった後に有り余る食糧の無償提供を行わなかった。そこまですると聖人並みの評価を受けることぐらいはリディアも理解していた。しかし例年並みの価格で売り出してはおり、しかも食糧を渡す公共事業も始める。そのため、極めて高い評価をリディアは受けることとなった。


周辺の領土は蝗害のせいで食糧が軒並み高騰したり、果てには食糧自体が無くなったからだ。黒バッタは焼けば食べることが出来るが、栄養価は低く、見た目も悪い。蝗害が起こるとほぼ確実に飢饉となり、食糧を求めて暴動が起き、戦争が起きる。


特に食糧をため込んでいる領主と、その領民との間の戦争は悲惨だ。しかしながら、リディアを王とするナロローザ王国領ではそのようなことは一切起きなかった。

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