第9話 悪魔は追放ですわ

帝都魔法学園での入学式にその事件は起きた。魔族の中でも高位の悪魔が、新入生代表の挨拶中に襲撃して来たのだ。初撃の強力な睡眠魔法でほぼ全ての生徒が眠りについてしまうが、その中で立っていたのは新入生のエイブラハムとユースケの2人。あとついでに寝たフリをしているリディアを含めた3人が起きていた人物だ。


そして次元の裂け目から出て来るのは、身長2メートルはあろうかという紫肌の大男。2本の角を持ち、2対の黒い翼を持つ悪魔は、浮いたままエイブラハムとユースケの2人の前へ移動し、見下ろす。


あまりにも強大な威圧感に、圧倒されるエイブラハムとユースケの2人は、それでもなお戦闘態勢を取る。悪魔は2人に対して「魔王の配下とならないか?」と勧誘を行った後、断られるのを聞いてとても残念そうな顔をし、炎の魔法を2人に対して撃ち出す。エイブラハムとユースケは直感的に自身の死を覚るが、その炎の魔法をかき消すように1人の女性が割って入る。


額の紋章は、勇者の証。悪魔を追いかけてやってきた女勇者は、エイブラハムとユースケに対して「私の名前はエルシー。勇者、やってます」とだけ自己紹介し、即座に悪魔へと斬撃を飛ばすが当たらない。この勇者、大体の技で火力は高いが肝心の命中精度が悪い。


しかし高位の悪魔でも当たれば即死級、という技が多く、エイブラハムとユースケからの攻撃も含めると厄介だと悪魔が思った時、檀上の上で寝たフリをしていたリディアから念波が届く。


『今から貴方に洗脳されてあげますわ。味方として加担してあげますわ。だから話を合わせなさい』

(は?何を言っているんだ……?)

『早く話を合わせなさい。出力を上げて脳を殺しますわよ?』

(なっ……ひぃ!?痛い痛い痛い!止めてくれ、話を合わせる!)


それと同時に、リディアはエルシーの前に立ち、いつも持っている杖を剣のように構える。悪魔はガンガンと鳴り響くリディアからの念波に屈し、つい話を合わせてしまう。


「ククク……目的を果たすまでは、同士討ちでもして貰おうか。それではまた会おう」

「逃がすか!っく、操っているのか!?卑怯者め!」


リディアから逃げるように立ち去る悪魔を追いかけようとするエルシーだったが、殴りかかってきたリディアの杖を剣で受け止めたために、悪魔には逃げられてしまう。そしてエルシーを含む3人とリディアは相対し、リディアは次々と火の玉を撃ち出す。


それはさきほどの悪魔ほどの速度ではなかったため、簡単に避けたエルシーは剣の側面をリディアの顔に叩きつけ、気絶させようとするがリディアは倒れない。直後、リディアが振るった杖の宝玉部分がエルシーの後頭部に当たり、エルシーは気絶してしまう。


『……さっきの悪魔、出て来ないと怒りますわよ。

この勇者、紙装甲過ぎませんこと!?』

(……頭のおかしいお嬢様。この勇者の火力と回避は歴代随一で我々悪魔が最も辛酸を舐めた勇者ですぞ)

『そっちが素でして?

……ところで目的って何ですの?』

(言うと思ってるのか馬鹿娘って痛い痛い痛い!

この学園の地下にある宝玉の回収だぁ!あとついでに見込みのありそうなやつをうちに勧誘すること!これで全部吐いたぞ!)

『悪魔にしては素直ですね。身の程をわきまえている存在は人であれ動物であれ好きですわよ。じゃあとっととその宝玉の回収とやらを済ませて帰りなさい。さもないとこの世から追放しますわよ?』

(ええ……何なんだ……何なんだこの理不尽な存在は……!)


「お、おい、動きが止まったぞ」

「洗脳が解けかかっているのか!?

なぁ、聞こえるか?聞こえたら返事を」

「無礼ですわ!」

「ガハッ」

「ユースケ!?」


あまりの勇者の弱さに、敵方である悪魔から勇者の情報を引き出すリディア。主目的であった勇者の攻撃は受けられそうにもなかったため、八つ当たり気味である。悪魔はリディアの傍若無人っぷりに辟易しつつも、ノルマ達成のためその場を離れて宝玉の回収へと向かう。


その後、リディアがユースケを蹴り飛ばしたところで悪魔の存在感が消え去ったため、リディアは洗脳が解けたような演技をして後ろへバタりと倒れる。


もちろん、後頭部を強く地面に叩きつけても気絶なんてしないため、リディアは完全に寝たフリをしているわけだが、演技で後ろへ躊躇なく倒れ込むことが出来る人物がいるなど想像すら出来なかったエイブラハムはリディアが気絶したものだと思い込み、1人だけ起きているという状況に頭を抱える。


結局、エイブラハムは最初に勇者を起こし、現状を説明した。勇者は悪魔が誰も殺さず退いたことに疑問を持つも、悪魔側にも事情があるのだろうと推測して深くは考えなかった。

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