追放系お嬢様

インスタント脳味噌汁

プロローグ

世の中には破滅的願望を持つ人間がいる。


だから、尊厳破壊を望む人間がいてもおかしくはないだろう。


自身の持つ地位、財産、力、権力…果ては家族や友人、恋人を失って絶望感を味わいたい。体力気力魔力筋力視力聴力その他諸々を吸い取られてミイラのような死体になりたい。ついでにそのまま丸呑みされたい。


そんなあまりにもアレな性癖を持つTS転生お嬢様がこの世界にはいた。公爵家の一人娘であり、大切に育てられていたが、残念なことに最初から彼女は歪んでいた。


「追放ですわ!追放ですわ!」


鳴き声のように追放を連呼するブロンドヘアの少女。追放すること自体に意味なんてあまりない。強いて言えば追放された人が恨みを持ち、復讐しに来ることを待ち望む。


彼女は巷で言うところの追放系小説が大好きだった。追放された冒険者が、急遽謎な才能に目覚めたり、元々隠し持っていた能力で追放した人物を追い詰め、時には拷問や死すら生ぬるい生き地獄を追放した人物に味合わせる。


そんな話を幾つも読み、彼女の元の人格は、拷問や死すら生ぬるい生き地獄を味わう美男美女たちに興奮した。その上でそんな体験をしてみたいと切に願う、傍迷惑な存在だった。






「今日は騎士団から追放ですわ!最下位の人間は追放ですわ!」


ある日、いつものように杖を振り回す公爵の一人娘……リディア=ナロローザはいつものように追放を宣言した。自前の騎士団を保有するリディアは、400人の騎士達を使ってトーナメント戦を行う。ただ一つ、普通のトーナメントと違うのは負けた方が次の試合に進むことだけだ。


突拍子もなく始まったが、リディアが私兵を持ってから週一ペースで行われていることなので特に不満の声はない。粛々と組み合わせが決まり、トーナメント形式での大会が始まる。


試合は刃を潰した剣を使用し、一撃を入れられた方が負けというもの。そんな試合が数百回と行われ、最弱の2人がリディアの眼前にて試合を行う。双方、ここまで負け続けたとは思えないほど俊敏な動きで剣を打ち合い、火花を散らす。


ここまでに何回も試合を行っては負け、疲労が蓄積しているにも関わらず、試合の動きは緩慢にはなっていない。それどころか非常に鋭い剣筋が幾つも見られ、トーナメント表だけを見たら勝ち上がった2人の試合だと思えることだろう。しかし現実には、互いに負け進んだ者同士の試合だ。


1対1の試合は、必ず敗者を作り出す。片方の若い男の持つ剣は弾かれ、遥か後方へと飛ばされた。ここまでの連戦で握力が緩んだ隙を突かれた形となり、追撃を躱すも反撃の手がなく途方に暮れる。


剣を失った青年は、相手から突き付けられる剣先を見て降参をする。その瞬間、リディアは喜々として立ち上がり負けた方へと近寄った。


「わたくしの方針はもうご存じですわね?

アクバルさんでしたか?貴方を騎士団から追放いたしますわ。剣は返してくださいまし」


その言葉に、アクバルと言われた青年は膝を突く。また1人、リディアの騎士団から人が去ることとなった。


トボトボと歩いて行くアクバルを見て、また復讐してくれる候補者が増えたと内心歓喜を隠しきれないリディア。彼女の騎士団はまた399人に減り、追放される1人を見て、残りの399人はこうはなるまいと一層の鍛錬を決意した。







「アクバルって3ヵ月前の武闘大会でお嬢に拾われたんだっけ?結局持たなかったなぁ。最近は、元騎士団からの追放者が少なくて何よりだ」

「もう元々の騎士団員は半分程度しか残ってねーよ。

しかしまあ……次に補填される奴も剣の化け物なんだろうなあ……」


荷物をまとめ、黒服達に領外へと連れ出されるアクバルを見てリディア騎士団の設立当初から在籍を続ける2人が喋る。もうすでに見慣れた光景であり、この光景を薄情だという声も中には存在するが、2人はそうは思っていなかった。


「年に最大で50人以上入れ変わる……まあでも当たり前だよな。強い奴が騎士団に入るってことは、弱い奴は抜けるってことだ」

「お嬢が来るまでは、言ってしまえばうちの軍は弱かったからなぁ。

しかしこれでお館様も一安心じゃないか?」


リディアが騎士団を設立した時、そこに最初から在籍していたのは元々領主の軍に所属していた人達だったが、残念なことに精鋭と言えるまでの兵達ではなかった。しかし武闘大会を開き、そこで成績優秀だった人物を加えることで軍を強くすると共に、弱い人間を追放することで軍を弱くすることを防いだ。


最弱の一人は、除籍される。その恐怖心が平均よりも弱い人達の自己研磨を導き、徐々に人が入れ替わっていく。自分は大丈夫だと豪語していた平均以上だった同僚が、やがては最弱候補となり、最弱となって追放される。あまりにも早い軍の新陳代謝は、否応なく軍のレベルを底上げした。


リディアが5歳の頃から始めたこの追放トーナメントは、既に5年が経過し、累計250人以上の追放がなされている。最近では、武闘大会で勝ち上がって騎士団入りした人達も追放されるようになっていた。


中には追放された後で、再度剣を磨き直し騎士団に入り直した人物もいる。リディアはそういう人を見て、いつ復讐してくれるのかとワクワクしていた。

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