癒してあげたい ~エンドの恋~

小林勤務

第1話 レジ

 彼女は私の癒しだ。


「お会計は、1200円になりますっ」

「あ、あの、この前クーポンもらったんですが、こちらはどうすればいいのでしょうか」

「ああ、100円クーポンですね。それでは、こちらでスキャンするので、見せてもらっていいですか」

「お願いします」


 ピッと読み込まれ、胸も鳴る。


「それではお会計から100円引かせて頂きますっ」

「ああ、よかった。忘れるところでした」

「クーポンの期限も明日で切れてしまうところでしたね。案外忘れるお客さん多いんですよ。せっかく割引になるのに、損しちゃいますからねっ」


 白いマスク越しからにこりと目尻が下がる、その柔らかな微笑みを噛み締めて、今日も一人家路に着く。

 ああ、今日も可愛かったな。

 にやにやしがら、熱い風呂に入り、ビールを飲む。

 今日もストレスが溜まる一日だった。

 上司はネチネチ嫌味を言うし、部下は納期を守らないし、「これやってくれないか」「これお願いします」のオンパレード。色んなものに板挟みにされる中間管理職。いや、「課長心得」という昭和でも付けられない役職を与えられた、中間管理職未満の私。出世を餌に嫌な仕事ばかり押し付けられて、はや5年。いつまで経っても、なんでも屋の扱いは抜けない。

 もう、アラフォー。

 白髪が混じるおじさん一歩手前。

 ……。

 いや、立派なおじさんか。

 43歳だけど。

 一説にはアラフォーとは37歳から43歳までらしい。

 アラフォーではなく、私はアラフィフなのか。

 ニアフィフとでもいったところか。

 気持ちだけは若くありたいと願う独身リーマン。

 仕事帰り、レジ担当の草薙くさなぎさんの笑顔をお目当てに、わざわざ自宅とは反対方向にあるモリモリフーズに立ち寄り、割引弁当とビールを買って帰る毎日。

 これが今の私。


 世の中は、実に不公平だ。

 格差社会、競争社会、富める者、貧する者――

 そんな大それた話じゃない。

 皆、それぞれ悩みを抱えて、小さな喜びを糧に通勤ラッシュに揉まれている。

 そんな、小さな喜びですらままならない。

 実に不公平だ。


「……」


 目の前に仏頂面のがいる。


「あ、あの」

 ギロリと睨まれる。少し間を置かれて、

「なんでしょうか」

「い、いや、この前100円クーポン出たんですが、出すのが遅れてしまい……」

 再び、ギロリと睨まれる。は無言で、差し出したレシートクーポンをスキャンした。

「クーポンはお会計前にお願いします」

「す、すいません、ついうっかりし――」

「次のお客様、どうぞ」


 強引に話を切られて、慌てて財布をしまう。ちらりとと目が合う。まだ何か用ですか、と言わんばかり。レーザービームでも発射しそうな三白眼。威圧感をびしびし感じる。もの凄い美人なのに、残念なことに愛想が0に近い。

 1もない。

 0だ、0。

 世の中っていうものは案外均衡がとれている。この容姿で愛想も良ければ完璧に近いが、どうやら天は二物を与えずといったところか。

 きっとモテないだろう。

 結局のところ、男は容姿より愛嬌を重視する。

 そんなことを考えながら、レジを終えて、とぼとぼとサッカー台へ向かう。


「お会計は――になりますっ」


 振り返ると、いつもの甘い声が聞こえた。

 いた。

 癒しの草薙さんが。


 なんてこった。

 

 確かに、私は草薙さんが待つ4番レジに並んでいいたはずなんだ。余談ではあるが、私はこの店で買い物をする時は、草薙さんのレジに並ぶと決めている。日中、溜まりに溜まった毒を浄化させるには、草薙さんの癒しが不可欠。

 しかし、運悪く、私の番が迫った時に、あの仏頂面のから、「こちらのレジにどうぞ」と冷たく命令された。


 なんたる不運。

 天国へのゲートが閉じられて、一転監獄へ。


 あの美人はこの店で有名な存在だ。


 名前は――確か、徳梅とくばいさん。


 皆から聖流セイルさんと呼ばれている。


 徳梅さんはレジ担当ではない。

 元々、彼女は加食担当として、売り出しコーナーをウロウロしている。


 彼女がなぜ有名かといえば――彼女が作る売り場がもの凄いからだ。


 他を圧倒するような大量陳列で、常にお客さんの目を引いている。この前なんか、売り出しコーナーに、コンソメスープでタワーマンションを作っていた。流石の私も店に入った時に、思わず立ち止まって呆気にとられた。そして、私同様に口をあんぐりさせて、パシャパシャとスマホで写真を撮っているお客さんがわんさかいたもんだ。


 そんなわけで、徳梅さんが魅せる大量陳列画像と、売り場を撮影することを口実に隠し撮りされた徳梅さんの美しい容姿が拡散されまくり、どっかのお偉いさんの目に止まり、とうとう「売り出し(エンド)の秘訣!」という本まで出版。一気に彼女はスターダムへと駆け上がる――わけではなかった。


 悲しいかな、徳梅さんは愛想がない。


 本を出版したのはいいけれど、周りからちやほやされることはなく、かえって近寄り難い存在へと昇華してしまった。まあ、本人は気にもしてなさそうだけど。


 最近、モリモリフーズも人手不足のようで、徳梅さんのようなレジ担当以外もレジに応援に入っている。

 これは非常に困る。

 せっかく草薙さんのレジに並んでいるのに、無事ゴールまで辿り着けないのだ。最近なんか、2週間連続で徳梅さんに当たってしまい、不審な目で見られたぐらいだ。


「……私に何か用ですか?」

「え、いや」

「それなら、お客さんがつかえてますので」

「は、はい、すいません」


 私がレジを打って欲しいのは草薙さんであって、断じて徳梅さんではない。

 

 会社で、よくわからない理不尽な理由ですいませんって何度も謝っているのに、買い物に来た時も、すいませんと何度も徳梅さんに謝っている。


「まだ何か?」

「え、すいません」

「お会計が済んだらサッカー台にお願いします」

「あ、はい」


 くううう~。 

 


 


 

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