第19歩 不在の日

金曜日、朝

今日は木下次長が休みを取っている。

三連休を利用して、金曜日と火曜の有休で五連休。家族と旅行に行くそうだ。

木下次長がいないと困る、とは思わない。

そりゃあドラマに出てくるようなイケメン上司ならさみしいかもしれないが、ただの上司ならいない方が良いに決まっている。

木下次長の席は片付いていて、もう戻ってこないみたいに感じられた。


朝日課長もいない、ということに気付いたのは10時を回ったころだった。直行出社だと思い込んでいたので、予定表が木下次長と同じ休みになっていることに気づかなかったけど、そういえばいない。

彼もまたイケメンでもないただの上司なのでいなくていい。

机の上にはファイルが積まれている。

一番上は領収証を分類したクリアファイルで、大きく「期限厳守!」と書かれた付箋が貼ってある。

期限が書いていないのでいつまでなのかもわからないが、間に合うのだろうか?


業務は滞りなくいつも通りに進んでいたが、昼休みのあとに重大な事に気づいた。

ウォーターサーバーの水が残り僅かなのだ。

いつもなら朝日課長が率先して変えてくれるが、今日は誰が?気づいた人が?カラにした人が?なんとなくその役割を引き受けたくない。

周囲も同じ気持ちらしく、誰も水を飲もうとしない。じりじりと我慢比べが始まった。


水なんかなくてもコーヒーも自販機もある。いや待て、コーヒーメーカーにコーヒーをセットするのはいつも木下次長、ということは?と、視線を向けるとコーヒーはない。


換気のために窓を開けたいけれど、開けた人が閉めるルールになっているのでこれもしたくない。

更にはシュレッダーが一杯になったら捨てないといけないことに気づいてしまった。今日はひとまず机の引き出しを仮置場としよう。



いやまて、三時になれば総務のお局様が巡回に来る。いつもならその時にササッとコピー用紙を追加し、植物に水をやり、その他諸々しなくていい世話を焼いていく。それまでの我慢。


と思っていたけど来ない。


まさか、と思い予定表を見ると休み。


殺伐とした空気の中、不毛な我慢比べは定時まで続いた。


定時、いつもなら間延びした朝日課長の、「おつかれさまでしたー」が聞こえる(これが結構な音量)のに今日は誰もその第一声を発しない。


一番に帰って誰も続かなかったら?

課長の声掛けがないだけで、みんな帰るタイミングがわからないらしい。


意を決して「お先に失礼します」と発したら、思ったよりも声が小さくて誰も「お疲れ様でした」と返してくれない。

そそくさと部屋を出るが、誰もあとに続く気配はない。


ビルを出ると、なんとか無事に1日をこなした安堵からため息が出た。


上司なんていなくていいなんて思ってごめんなさい。

帰り道にそうつぶやいて、今日はコンビニスイーツで自分を甘やかすことにした。


つづく

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