カノジョにフラれた俺、翌日から元カノの妹に懐かれる。

あげもち

第1話 『元カノの妹』

 ……フラれた。


 相手は高校入学してからすぐに付き合った、黒髪ロングがよく似合う清楚系美人。


 名前は『香坂こうさか 麻冬まふゆ』。


 表情は少し乏しいけど、それでも、美味しそうにたい焼きを頬張る横顔とか、紙で指を切ったときに、絆創膏を貼ってくれるところとか。


 そして、ふとした時に、頬を赤く染めながら、手を握ってくるところとか。


 あぁ、もう全部好きだった。


 ……それなのに。今日、記念すべき1年目の深夜。


「あぁ、くっそ……まさかこんな日にフらなくてもいいじゃねえかよ……」


 俺は耳に押し当てたスマホに、そんな風に愚痴をこぼしていた。


 勉強机のライトだけをつけた部屋。時刻は深夜11時。


 もうあと1時間もすれば、1年記念日も終わってしまう。


 ……いやもうこの際、1年記念日なんてどーでもいい。


 だって、それを祝う相手が今日、いなくなってしまったのだから。


 ……麻冬にプレゼントをするためにバイトをして、やっと届いたペアリング。


 どうすんだよこれ。もうとっくに呪物じゃねえかよ……。


 すると、スマホ越しに『はぁ……』と、聞き慣れた声のため息が聞こえる。


 とうとう、慰めの言葉が来るのか。


 そう、通話相手の『美也子みやこ』に期待をしていると。


『もういい加減くどいっ!』


 そんな強気な一言に、耳がキーンとした。


 思わずスマホから耳を離す。


「み、美也子?」


『久々に遥灯はるとから電話がかかってきたと思ったら、かれこれ2時間もクヨクヨノロノロと……そんなんだから麻冬にフラれるんでしょ!』


「……っ!?」


 なんだろう、今胸の奥で中がゴリッと削られていく音がした。


『はぁ〜もう! 私寝るから、それじゃおやすみっ。あ、明日もちゃんと学校きてよね。もう私たちのグループ、2人しかいないんだから』


 そう言い切った後、スマホから聞き慣れた声がぷつりと切れる。


 スマホの画面を見ると、通話の画面が終了しており、本当に彼女が通話を切ったことが確認できた。


 俺はもう一度、机の上に置かれた、ペアリングが入った二つの小箱を見て、大きくため息を吐く。


 1年付き合った。


 きっとそれなりに、カップルをできていたと思う。


 だけど、結果残ったのは、心の中にできた大きな穴と、この呪物だけ。


「くっそ……理不尽だろ……」


 少しずつ瞼が下がり始め、頭にかかる重力も強くなり始める。


 やがて、机に突っ伏すような姿勢になった俺は、


「……あったかいみそ汁……飲みたい……」


 そんなことを言いながら、眠りについたと思う。






 …………。


 ……。


 真っ暗でぼーっとした空間に、ふとしょっぱい匂いがした。


 でもそれは、嫌なものではなく、むしろ懐かしくて、なんだか体の芯まで温まりそうな、そんな美味しそうな匂い。


 あぁ、みそ汁だ。しかも大根多めの。


 すると、鮮明になってきた嗅覚の次に少しずつ聴覚も起きてくる。


 微かに聞こえてきたのは、ジューっというフライパンの音と、それに混じる、華奢な鼻歌。


 きっと、その声の持ち主は綺麗な女性なのだろう。


 そうなると必然的に麻冬が……。



 ——ごめんね、遥灯くん。私、恋愛ってよくわからなくなっちゃった。



「……っ!」


 俺はハッと起き上がる。


 麻冬とは昨日別れたばかりだ。てか、そもそも、別れていなくとも、一人暮らしの俺の家で、誰かが勝手に飯作ってんのもヤバすぎるだろ。


 朝一発目、警戒心マックスでゆっくりと椅子から立ち上がる。


 すると、するりと肩から何かが落ちていく感覚を感じて床を見る。


「……毛布?」


 俺が普段から使っている、紺色の毛布。


 しかし、定位置はベッドのはずなので、おそらく、今そこで料理をしている人物が俺に掛けてくれたのだろう。


 なんだその優しさ。


 なんて毛布を拾い上げた瞬間。


 ——ガチャ。


 そんな音を立てて、ドアノブが下がる。


 少しずつ開いていくドアの隙間に俺はこくりと唾を飲み込む。


 そして、開いたドアから顔を出したのは。


「……あ、おはよ♪ えへへ、来ちゃった♪」


 そう、華奢な声で笑みを作ると、目の前の彼女は綺麗な金色の前髪を揺らす。


 世間一般的には『ボブ』と言われるのだろうか。毛先が内側に丸みを帯びた髪の毛が、ふわりと肩の上で揺れた。


 大人っぽい切長の目と、その上をぱちぱちと上下する、長いまつ毛。


 シュッと筋は通っているが、先端の丸い鼻と、桜色の薄い唇は、はっきり言って、美人な顔立ちをしている。


 だけど、何よりも。


「……いや、なんで」


 俺はこくりと唾を飲みこむ。目の前の綺麗な少女には、ものすごく見覚えがあったから。


 視界の先の、制服エプロン姿の少女がふふっと鼻を鳴らすと、


「昨日、カギ閉め忘れたでしょ? だからお兄さんいるのかなぁ〜って、上がっちゃった♪」


 そう言って、やんわりと微笑む。


 そして、こちらに近づき、俺の手を握ると。


「ほら、お味噌汁できてるよ♪ 顔洗って、一緒にご飯食べよ?」


 そう、明るい笑顔でこちらを覗き込んだ。


 瞬間、ふわりと鼻腔をついたのは、リンゴのような甘い匂いで。


 魔性的とも、無邪気とも取れるように細めた、綺麗な青色の瞳にドキリとする。


 見慣れた顔……当たり前だ。


 だってこいつは、何度も行った麻冬の家で、何回も顔を合わせている。


 『香坂麻冬』の妹。


 『香坂こうさか 夏海なつみ』なのだから。




 


 


 


 


 

 



 

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