第17話 邪神との対話1

 邪神ジュノン・グラーナード。

 冥界の王として本来はその任を受け持つはずだったのだけれど、邪気の力を制御できず、自ら封印された神の一柱。

 乙女ゲーム《葬礼の乙女と黄昏の夢》に出てこなかったものの、邪神が封印されている記述などはある。始祖の記憶通りの人物であれば、何とかできるかもしれない。


 そう思って邪神の封印された場所へ!

 ルイスとローザは魔王アルムガルドに預けて、私は魔王領域の更に北にある《世界の果て》に訪れていた。

 最後まで「一緒に行く!」と駄々をこねた二人が可愛かったわ。でも人の姿に戻れないほど消耗している以上、この場所には近づけたくない。

 漆黒の海の先、海の上に存在する古塔。

 そこに邪神は封印されている。


 何重にも施された芸術的なデザインの結界を見る限り、綻びが完全に崩れるまで保って数日ってところかしら。

 既に邪気が漏れ出ているから、破壊者アバドンあたりが生まれているかも。あー、あの魔物は厄介だから是非ともそうであってほしいわ。そうすればいい感じで時間稼ぎができるもの好都合だわ。


「さて、行きますか」


 私の《不可視化》、《感知・索敵不可》を使って封印をかいくぐる。

 古塔の扉の前に佇み、ノックをしたが――返事は無い。想定通りなので、気にせず扉を開けた。


 古塔の中は思っていたよりも小綺麗で、生活感のある一軒家という造りだった。塔なのに不思議だわ。調度品もシンプルだが良いものを取り揃えている。

 しかももの自体はそこまで古くない。


 ふと聞こえてきたのは、ピアノの音色だ。

 透明感のある切なくも優しいメロディーだった。胸に迫る悲しみと微かな希望。

 懐かしい。いつだったか同じメロディーを聞いたことがあったような?


 惹かれて奥の部屋に向かうと、広い部屋に真っ白なグランドピアノがあり、そこで演奏していたのは青紫色の長い髪の青年だった。

 司祭のような、ゆったりとした白い服を着こなし、楽しそうに鍵盤を叩く。

 優男に見えるけれど、常人なら目に入っただけで両目が潰れて死ぬほどの邪気が溢れ出ている。もっとも私には婀娜っぽさが印象的な青年として映るだけで、なんともない。


 やっぱりどこかで彼と会ったことがあるような? 

 けれどなぜか思い出せない。前世で? 

 いやいやそんなはずはない。始祖の記憶ではない私自身の記憶も、幼い頃はあやふやな部分がある。

 それでも気付けば拍手を贈っていた。


「素晴らしい曲でしたわ!」

「!?」


 青年は私に気付いたのか、慌てて振り返った。サファイアのような瞳が私を捕らえる。よく見ると目の下のクマが酷い。肌も病的なほど白くて、線も細い。


「ひゃっああああ!!」


 一秒ほど顔を合わせた刹那、彼はグランドピアノの後ろに隠れてしまった。近づくと彼はしゃがんで震えているではないか。始祖の記憶通り、典型的なコミュ障なのは間違いない。


「生きていてごめんなさい。存在しているだけで様々な者たちの命を無為に奪い、混乱させ、嫌われ、罵られてもしょうがない存在です。ボクは生きていてはいけない、ゴミ以下──」

「そんなこと無いわ! 邪神である貴方がいることで、邪気や厄災が発生するのには条件が必要となる。その秩序でありルールはジュノン様、貴方が優しい神だからこその恩恵なのよ」

「え……」


 酷く怯えている神様に、私はポジティブな言葉をかけ続ける。


「恩恵だけ与え続ければ、種族は成長せずに堕落しきっていずれ衰退する。厄災という困難こそが、成長と世界の均衡を保つためにも大事だと私は考えるわ」

「………………キミはたしか」


 邪神は目を潤ませて私をじっと見つめるので、貴族らしい挨拶をする。ドレスの裾を掴み一礼。


「お初にお目にかかります。邪神ジュノン・グラーナード様。吸血鬼女王として復活したアメリア・ナイトロードと申します。以後お見知りおきくださいませ」

「ナイトロードの? 彼女の魂は感じるけれど君は、人間の要素もあるような?」

「元人間ですわ。少し前に婚約者に殺されかけて人間をやめた――不死の女王ノーライフクイーンですの」


 満面の笑みで説明したら、ジュノンの顔が真っ青になった。オマケに涙目になって、今度は子兎のように震えている。寒いのなら温かな飲み物でも用意したほうが良いかしら。


「そんな手酷いことをされて、どうして笑っていられるのだろう。怖い。……メンタルが鋼すぎる。ボクもそのぐらいの心の強さがあれば……いや、どうせボクなど……」

「笑っているのは、報復するからですわ」

「ほう……ふく」

「はい。私は全く悪くないのに言いがかりを付けて殺してきたのですから、報いは受けていただこうと思っているのです。そしてそれには貴方様の力が必要だと思い、会いに来ました」


 おどおどして神らしくなかったが、私の尋ねてきた理由を知って、少しだけその瞳に神としての矜持が生じた。


「残念だけれど復讐のために、キミに力を貸すことはできない。……それだけは」

「半分は私怨ですけれど、もう一つは世界の更新アップデートを目的としていますわ」

「あっぷ、で? えーと?」

「はい。現在、私たち人外貴族、人間以外の種族は完全悪だとされ、滅ぼされかけました。それにより人間、魔族、人外の均衡が崩れたのです。人外は人間を助ける気は全くありませんので、このまま邪神ジュノン様の影響力が変わらなければ、私たちが復讐するまでもなく人類の八割は死ぬでしょうね」

「え」

「今までの厄災は魔族と人外貴族である私たち、そして稀に生まれる勇者によって対処してきました。しかし私たち人外は、人間に差別され滅ぼされかけたのですよ。助けるわけがありません。魔族は自分たちの趣味を楽しむ程度の人間は生かしておくべきだと主張するでしょうが、その程度なのです。それからラディル大国が認めた勇者ですが」

「そう、勇者。彼がいるのなら……」

「彼は魔王討伐のち、殺されました。……人間に」


 そう告げた瞬間、ジュノンの顔から表情が消え失せた。能面のような無表情――いや、瞳に宿るのは憤怒の炎だった。

 ミシミシと硝子窓にヒビが入り、地震のように建物が揺れる。


「勇者が……? 死んだの?」

「はい。私の従兄でもあるヨハネス・アーノルドは人間の身勝手な策謀によって殺されたのです」

「……あの優しかった彼を……殺したのか」


 勇者と面識があったことに驚いたが、もしかしたらヨハネスは魔王から邪神が復活するかもしれないと聞いて、この地を訪れたのかもしれない。

 いや訪れたのだろう。そして邪神とも会った。あの人誑しの従兄ならやりかねない。


「従兄は私の力で復活します。あとで会ってやってください」

「そう……復活できるのなら、よかった。友達だと言ってくれたから……」


 地震が落ち着き、ジュノンの怒りも少しだけ和らいだようだ。

 今の魔力放出だけで、相当なエネルギー量になる。少しだけ魔力を吸収ドレインしたが、濃厚な魔力はやはり味わい深い。


 実際に吸血しなくても魔力を吸収ドレインできた。これを定期的に行えば邪気の量も減らせるし、私の力は増える? 

《血の契約》をしなくとも目的は達成できそうなのはラッキーだったかも。


「……と、とにかくボクは復讐には手を貸すことはできない……ごめんなさい」

「そうですか、わかりました。その件はもう結構ですわ」

「え?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような心底驚いた顔をしていたが、すぐに目を潤ませて震え出した。なんとも感情豊かで忙しい人だ。


「封印をするのはわかっているし、覚悟もできている……」

「いえ、封印もしませんよ? 私たちは国盗りのためにも忙しいので、そんなお節介する気も無いですし」

「え、でも……ボクを封印しないと邪気が溢れて、厄災が世界を覆って困ったことになってしまうよ?」

「そうですね。でも私たちには関係ありませんし、私たち人外は自分の領土や一族を守る力があるので対して困っていません。魔族も同様です」

「う、うん」

「一番困るのは人間ですが先ほども申したように、彼らが厄災によって数を減らすのなら私たちとしては、これ以上無い喜びなのですよ」

「…………つまり、ボクが協力しようがしまいが、人間にとっては困ったことになる?」

「ええ、まあ。そうですね」


 にっこりと微笑んだ。

 微笑んだだけなのに、なぜ怯えるのだろう。失礼すぎないか。


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