第11話 魔王と死神とのお茶会

 王たちのお茶会。そう聞けばなんとも絢爛豪華かつオシャレな雰囲気を想像するだろう。だが、私たちはというと魔王城の廊下、適当に出したテーブルと統一感ゼロの椅子。


 テーブルの上にはフライドポテト、フライドチキンなどの油物を食べる魔王アムルガルドに、イチゴのショートケーキと紅茶を堪能する死神エーレン、最後に私はウィダインゼリーのようなものを胃に流し込んだ。これは血の代用としてストックしていた鉄分たっぷりカシス系ゼリーである。なんとも統一感のない食卓だわ。


「少し前に魔獣の数が増えていたから、邪神の封印状況と膨れ上がった邪気を狩るために、クロードに全権を預けて各地を転々としていたんだよね〜」

「クロード……クロード枢機卿のことです?」


 隠しキャラのミステリアスな、あのクロード枢機卿?


「そう。でもまさかその隙に教会を掌握するなんて、油断し過ぎていた」

「ではクロード卿は……?」

「殺されていたよ。馬鹿だよね、逃げるか隠れるなりして、時を稼げばよかったのに。珍しく僕の傍にいることができる有能な子だったのに……」


 攻略キャラがサクッと死んでる!

 え、二年前にちょこっとお話をしたけど、まさか今回の騒動で死んでいるなんて!!


 エーレン様は、膝の上に寝込んでいる兎をさすりながら目を伏せた。

 最後まで裏切らずに死んでしまった大切な人と、裏切られたけれど生きている大切だった人……どちらが悲しいだろう。

 そう少しだけ考えて、そんなことに意味はないと、気持ちを切り替える。


「良い人が死んで悪人が生き残る……。その世界のルールを作ったのは、始祖を含めた神々でしたわね」

「うん、そうだねぇ」


 どこから話すべきか。そう少し悩んでいたら、エーレンは別の話題を振ってきた。


「でも勇者まで死んでいるなんてね」

「え、ええ。幸いにも勇者が従兄は血族でしたので、私の覚醒で復活している……とは思うのですが、距離があると回復まで時間がかかるらしく……。殺された場所がわかれば……アルムガルド様、心当たりありません?」

「魔王領域なら感知できるが、それ以外は魔力を辿るのは難しい」

「そうですか」


 アルムガルドはフライドポテトをパクパク食べながら、コーラを流し込む。何ともワイルドな食べ方だが魔王が、そんなジャンクフードを食べて良いのだろうか。魔界──魔王領地では稀に転生や転移者が来るので、こういった食べ物は多いらしい。


「エーレン様は、勇者のことで何か知りません?」

「んー、僕は魂の色で判別しているから、死んだ後は魂の色が大きく変わるから判別ができないんだよねぇ。もしかしたら邪気を灰にする時に見かけた……かもしれない」

「「…………」」


 のほほんと答えるエーレンは兎を愛でつつ、ケーキを食べるのに夢中だったようで私たちの視線に気付いていないようだった。


「エーレン様、さっさと居場所を吐いてくれないと兎さんを回収しますよ」

「そうだな。用意したケーキのお代わりと、紅茶も下げるぞ」

「いつから君たちは仲良くなったんだい?」

「「いいから!」」

「……むう。魔界との国境付近にある《迷わせの鋼森》で死体周辺が邪気まみれで、灰にするのが大変だったかなぁ〜」

「アルムガルド様」

「みなまで言うな。わかっている」


 アルムガルドは、すぐさまルディーに指示を出した。ちょっと見直したわ、魔王!

 そういえば冥界の使者はいつ頃くるかしら? 無視されなければいいけれ──。


「う゛わぁあああああん! ナイトロードぉおお! 聞いてくれよぉおおおお!!」


 あ、きた!

 空間が歪んで姿を見せたのは赤毛の髪に、ケモ耳が印象的な青年だ。黒い聖衣に身を包んだ彼は瑠璃色の瞳をしており、体格も良い。文官というよりも武官が似合う。


 彼は冥界の王の側近、バルリング・ルプス。ゲーム設定ではよく迷子キャラとして登場し、物語の根幹の話や、キーワードアイテムなどを教える重要キャラでもある。もっとも幾つかのルートによってはタイミング悪く獣姿で遭遇してしまい、魔物だと勘違いしたヒロインと攻略キャラが倒してしまう胸糞展開があるのだ。もうこのゲームあるある勘違いすれ違いエピソード。


 しかもバルリングは三兄弟で、兄たちが復讐としてヒロインを狙う展開もある。特に一番上の兄はヒロインと親しくなってから、弟の仇だと知って魔力暴走によって町一つを破壊しかけて大騒動を引き起こすのだ。あるある展開だけど、辛いだけ!


 そんな未来にはさせない! 

 そして冥界のシステムを復讐に使わせて貰うためにも……ここは頑張りどきだわ。

 ふふふっ、と邪悪な笑みを浮かべて私は扇子を取り出した。悪役令嬢じゃないけれど、強気な姿勢は大事よね!


「バルリング様、手紙にも書いたとおり始祖の叡智と記憶はありますが、私はアメリアという元人間です。以後お見知りおきを」

「ナイトロード──じゃない、アメリア。じゃあオレのことはバルって呼んで!」

「バル、それで慌ててきたということは、私の予想通り」

「うん、王様が全然見つからないんだよぉおお! もう冥界は管理できなくてぇえええ! 昔みたいに王様の首根っこを掴んできてほしいんだあああああ」


 やっぱり。ゲームシナリオ展開通り、冥府の王クリストフは行方不明のようね。


「バル、いったん落ち着いて、ほらここにあるフライドチキンでも食べて」

「それは余の……」

「ん! 美味しいぃいい!」


 ブンブンと尻尾を振るバルリングはキャラ設定通り、フライドチキンに夢中なようだ。実に扱いやすい。

 冥王の側近であるバルリングは獣人族で、本来は三頭の獣冥府の番犬だ。人型になると、分裂してそれぞれ姿を得る。


 そしてバルリングの迷子設定は、冥界から不慣れな地上に出て冥府の王を探していたところにある。

 ゲームシナリオでは魔物だと誤解されたまま戦闘だったよね。ほんと不憫。


 狼のようなケモ耳が揺れるのを見て、思わず頭を撫でてしまった。するとバルリングは顔を真っ赤にしつつも「もっと撫でて!」と言い出す始末! 

 なんだか変な性癖を見出してしまった気がする。いや元々犬系だから、ギリギリセーフよ!


「バル。冥王様だけれどお嫁探しの一環で、この世界ではない異世界にいますわ」

「え!?」

「……そこまでして花嫁探しとか、もはや病気だな」

「この世界の女性だけに飽きたらず……。あ、でも異世界で僕の力が軽減してモフモフと触れ合うのなら、気持ちはわからなくはないかなぁ」

「ハッ、異世界の絵の具……」


 冥界の王クリストフ・アルカナムは紳士かつ一途なのだが――彼の恋人、あるいは伴侶になるには、毒や瘴気耐性が必須なのだ。それも冥界の王と同等あるいは、それ以上でなければいずれ心と体を蝕む。

 冥王の伴侶は冥王自身の力を制御するためにも、必要不可欠な存在となる。以前は仮契約でなんとか凌いでいたが、そのあり方も限界だったのだろう。


 クリストフは異世界転移を行い、様々な世界で自分の花嫁を探し、そしてその途中で《葬礼の乙女と黄昏の夢》のヒロインと信号が切り替わるところですれ違う。その時にトラックに引かれそうな彼女を助けるために、異世界に送り込んだ――というのがゲームシナリオ本編の前日譚である。


 ちなみにこの前日譚は、二周目で解放設定だ。当時のヒロインの服にクリストフの魔力が染みこんでいたため、バルリングがヒロインと遭遇したのもクリストフの魔力を追ってきたという伏線回収がされるのだ。


 私個人としては「冥王のせいじゃないか!」と思ったが、偶然が重なった不幸な一件でもある。そんな訳で冥王クリストフは二周目の中盤で、この世界に戻ってくるものの魔力不足で三本足のカラスの姿なので本来の姿は分からずじまい。


 ゲーム上、無条件でリリスに味方するだろうから、今のうちに冥界の権限も私に半分以上返却してもらいましょう♪

 そう思考を巡らせている間に、魔王と死神が自分の欲望を意気揚々と語っていたので、慌てて話を先に進める。


「異世界転生者の私がいろいろ再現してあげますから、間違っても行こうとしないでくださいね」

「そうだったのか。どおりで余を恐れぬ訳だ」

「あ。そういうこと。僕に接触して時から、ずっと不思議だったんだよね~。でも異世界人なら納得だよぉ」


 今度も賄賂を渡して刺激と感動を与えることを忘れないようにしないと。これから彼らとの付き合いは長くなるのだから。


 そしてバルリングは、異世界という言葉が衝撃過ぎて放心していた。気持ちは分からなくもない。気を引き締めて、私は姿勢を正した。


「さて、本題に入りましょうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る